Wednesday, October 6, 2010

C自信論<自殺しようかと考えているあなたへ>1, 語ることの発見に伴う自信

 哲学者は多く信念とか理念とか判断とか経験と語る。しかし意外と語られないことに自信ということがある。尤も小浜逸郎氏の著作に「正しく悩むための哲学―生きる自信を手にする14のヒント」(PHP文庫)というものがある(今読んでいるとことである)が、それは哲学フィールドから考えられたというより、やはり哲学自体に対する一つの批判、提言であるのではないか?
 哲学と人生論は違うというのが中島義道氏の「哲学の教科書」(講談社学術文庫)の思想だが、氏は思想とも文学とも芸術とも違うと考えている。小浜氏と中島氏による往復書簡集的装いの近著である「やっぱり、人は分かりあえない」(PHP新書)において小浜氏は中島氏のことを哲学聖化主義であると批判するが、一方中島氏は別の著において多くの人が哲学に求め過ぎると哲学とは万能ではない旨を示している。この両氏の考えは共に正しい。
 しかしここでは哲学のあり方を巡って論議することが主旨ではない。私は端的に哲学において最大の敵であるように思われている実用ということから、一体人生全体の自信を持つことが出来るのだろうか、ということを考えたいのである。しかしその際私がどのような形でそれを考えるのか、例えば哲学的位置づけにおいてなのか、あるいはそういう風に哲学的位置づけを別種のものとする哲学自体の因習に対する批判においてなのか、と問われればそのいずれでもあり、いずれでもないとしか言えない。つまりその二つは同じ一つのことであるとも言えるし、またそれら二つの接点が仮にあったとしても尚、それだけではない何かこそ、真実であるように私には思えるからである。
 一時期政治の世界ではいじめの問題が大きく取り上げられた。しかし昨今日本人はいじめられてきた人が自殺したりしていじめをしてきた人間に対して少なからぬプロテストをするというレヴェルを超える自殺者を多く生み出している。それは恐らくいじめという現象自体さえもがそれら一切の生きる希望を見失うということの内のほんの些細な一つであるような意味として自殺を多くの人が選んでいる証拠ではないだろうか?
 しかしやはり自殺をする選択肢には端的に自信というものを生きることに持てないというところにあるように思われる。しかしその自信とはある枠組とか判で押したような確固とした目的のようなものとはやはり決定的に違うのではないだろうか?
 つまり生きる自信を考える時に必要なことは、それを得ても、それを得なくても、それを問うこと自体に意味を見出すこと以外にはないとまずそれ以上でもそれ以下でもないことを自覚することではないだろうか?
 確かに現時点で住む場所さえない人にとって生きる自信を持てということ自体が苛酷な要求であることもあろう。だからこそ生きることを選択することは他者を頼ったりすることを頑なに拒否したり、自身の無力自体に対して極度に卑下したり、見栄のようなものから羞恥心を異様に増幅させたりすること自体から脱却することからしかなされ得ないのではないか?
 生きることは仮にかなり巧くいっているように見える人間にとっても恐らくそれほどたやすいことではないし、また生きる意味を問われて即座に返答出来る人は殆どいないだろう。つまりだからこそ延々と哲学者や思想家や宗教家たちがそのような問いを人類に投げかけてきたのである。
 経済社会において経済力は一定程度必須のものとして扱われている。従って実用的見地からすれば全ての心にかかわる問題を考えることは一銭の得にもならない。にもかかわらず歴史に残っている偉大なテクストはかなり経済力に恵まれた人や学者や政治家として成功をした人たちから、生涯を流浪の生活を重ねたり、精神に異常を来たしたり、通常ではない行動や生活をするタイプの市民として一般には位置づけられてしまうような運命を背負った人たちに至るまで様々なタイプの人生によって書かれ続けてきた。その事実は実用的であることから自信が生れてくるにしても尚、その実用とは世間的成功とか処世術とか基本的に異なっていることを示している。
 そこには老若男女から社会的地位一切を度外視した視点がまず求められている。このことは一切の文学や芸術とも共通する要素である。
 かつてアーティストの故・荒川修作氏は妻で詩人であるマドリン・ギンズ氏と共著で「意味のメカニズム」を著した時、その基本的理念とはアーティストにとって役に立つ本を書くということであった。そういう意味では実用という時明らかに一定の範囲内に絞った考えの下に人を集めてそこに一定の共通した矜持を持たすという意図がある。しかしその意図も恐らくアート自体が役には立たないものであるという不文律があるからこそ書くモティヴェーションとなり得たとも言える。
 しかし今私が考えている実用ということは、人生全体が生きる価値があるものかどうかということ自体へ懐疑的問いを突きつけた人たちにとってのそれであるから、一定程度に焦点化された命題を持てるということ自体が既にその時点で生きることを価値として認めていることになるから、そういう類の本を読める人は価値を認めること自体に苦慮しているということはない。だが彼らとてでは「何故生きるのですか?」と問われて即座に返答することなど出来はしないだろう。つまりある意味では生きる価値が理解出来ていたら、一切の苦悩が発生し得る訳などないのであり、それが困難であり、時には不可能であるが故に我々は自信喪失に陥るのである。そういう観点に立てば、寧ろ最初から焦点化された生きる目的を疑うことのない人にとって「何故生きるのですか?」という問いはある意味では極めて危険な問いと化す。つまりそういうことを含めて哲学者である中島義道氏は「哲学とは危険なものである」と言っているのである。このことはやはり哲学者であるハンナ・アーレント氏も言っていたことである。(「責任と判断」筑摩書房刊より)
 でも恐らく我々はこの種の問いから一旦思念した途端に逃れられることはない。そしてその中でそのことを問い続けることだけが自信を得る方法であるとしか一旦そのような問いを心的に巣食わせた人にとっては打開策などないと言ってよい。

 通常私たちは何もかも巧く行っている時に自信喪失に陥ることなどない。つまり巧くいかなくなった時にこそ自信喪失になるのだ。しかしそのことは同時に自信喪失状態からもし仮に何とか抜け出すことが出来たなら、その時こそ逆にどんな最悪の状態になってもまず冷静になって打開策を見出すことをする自信だけは得ることが出来るのではないか?
 と言うことはただあまり障害がなく巧く何もかも行くということ自体は決して最良の自信を獲得する状態ではない、ということを意味する。何故ならそういう状態で一度も苦難が発生しないということ自体が極めて巧く行くこと自体への価値的認識を確固としたものにしないからである。つまりもっと簡単に言えば巧く行くこと自体に対する感謝の念は徐々に喪失されていく。あるいは自殺する心理的状態とは、この種の心理によるのかも知れない。
 私たちの祖先は原始生活において一定程度の自然全体に対して、その恵みに感謝の念を捧げてきたと言える。その感謝の念の一つが神社となり、寺社となっているのである。しかしそのように感謝の念を捧げるということの内には、自然によってその都度災害に見舞われるという現実があっただろう。農耕文化を定着させていくプロセス自体に、恐らく私たちの祖先たちにとって通過しなくてはならない困苦とは人心の一致だったかも知れない。
 しかし何故人心を一致させなくてはらないのかということは、ある意味では全ての存在者にとって心とはそう容易に理解し合えないということが真理だったからではないだろうか?
 理解し合えないからこそ私たちには言語が必要だったのである。つまり私たちは語る相手の心がその都度見えているか、一々発話しなくても心に聞こえてくるのであれば、一切の言語行為をする必要はない。あるいは私たちが自分自身の身体の全てを先までお見通しであるのなら、一切の相談を他者にすることなどなかっただろう。
 例えば女性は月の物から、何から何まで生殖に纏わることを自分だけで察知することが出来たのなら、男性を誘ったり、男性の精子を身ごもったりすることに纏わる表情(偽装も含めて)を顔に出すことなどなかっただろう。つまり自分に関する全てを理解することの不可能性こそが、我々の顔に表情を示すことを強いたのだ。
 例えば本当は辛い気持ちがあっても、それを悟られまいとする気持ちは誰にでもあるだろうが、そういった配慮とは正直に顔に出すという表情を前提とするのだ。だから本当はよく自分の妊娠の仕組み自体を把握してはいないからこそ、女性はあたかもそのことを(確かに男性よりは把握しているのだが)熟知した表情で男性を誘惑したりすることを女性は太古からしてきたのだ。自己の無能力を他者に悟らせないということが人間に知性を育んできたからである。
 つまりそのことを全ての他者は全ての他者に対して知っている。その中の偶然只一人こそが自分である。その自分でさえ自分の全てを知り得ない、健康状態から寿命、自らの未来に待ち受けている運命の全てに対する把握し得なさ自体が、言語行為を他者との間で誘発する。その相互に誘発し合う運命こそが、つまり人心は一致しない、だからこそ「一致」、そういう陳腐な語彙ではなくもっと崇高な語彙であった方がいいかも知れない「何か」こそが、私たちに言語を齎したのだ、と言える。つまり自分しか知らない幾多のこととは、端的に自分だけ知らないことを多く持つことを私たちに知らしめる。そしてそのことを自分に対して気がつく時私たちは自分だけがこういう気持ちでいるのであろうか、と疑問を抱く。そして恐らくその時なりに結論を出すだろう。それは自分だけではない可能性があるということである。勿論自分だけであるかも知れない。しかしその如何を他者に問い糾すことには意味がある、そう結論するのである。それこそが一致しないことを前提とした「一致」への問いである。
 先ほど「何か」と言ったことを哲学ではイデアとか真理とか規範とか色々な語彙によって示してきたと言える。数学で言うところの公理と言ってもいいかも知れない。勿論それ自体が所詮幻想である可能性を多くの先人は感じ取ってきたのだろうと思う。
 しかし幻想であるかも知れないが、それをあたかもあるかのように求めることは存外無意味ではないということに対して先人たちは早く気づいてきたのだろうと思う。
 つまり気づいてきたからこそ信念と言った時に、その信念にも色々あって、その都度そうではないかと目測することから、瞬時に閃くことなども含めて多くの信じることを信念と呼んだのだ。そしてその都度それらは只単に幻想かも知れないと考えた。デカルトなどは現実と夢の境界自体を疑いもした。
 そうなるとついに私たちは全ての存在に対してさえ疑いを払拭出来なくなってくる。つまり一方で一致していること全てが幻想かも知れないと思うことと、そういう風に疑うこと自体は確かに現実であると、デカルトのように考えたとしたら、段々私という存在さえ私一個の存在の中からさえ疑い得るし、他者と語りつつも疑い得ることになる。
 しかしもしそこに語り得ることにおいて疑うこと自体に同意を得たのなら、それは私という存在への懐疑に対して一定の自信を持つことが可能ではないか、とそう多くの哲学者は考えた筈だ。それは語ること自体の意味に対する覚醒である。つまり一致とは真理の内容の一致ではなくて、語ること、語るという行為事実の方にあったのである。
 その時私たちは人心が一致しないからこそ、一致を求めるということの内に自信を見出したのである。だから本節で私が言いたいこととは、一銭の得にもならない明確な目的意からすれば著しく実利的有用性がないということの内にこそ確固とした自信が存在し得る余地があるのではないか、ということなのである。それは語りそのものが私たちの中で最大の価値であるように思える瞬間だけが自己存在に対して自信を得ることが可能であるように思われるのである。語りとは言葉もそうであるし、表情もそうである。私たちは表情を伴わない語りをすることが出来ない。自信を考える際に最初に私が述べた実用ということはこの言葉と表情の不可分性において語られる余地があるのではないだろうか?そのことを次節で考えてみたい。