Tuesday, December 15, 2009

D言語、行為、選択 19、排除される暴力としての自然=ダーウィン、そしてオッカム、ベンサム、(ラッセル)、バタイユそしてフッサール、ドーキンス

 ダーウィンが鳥やその他の動植物について語る時、我々人類も含めて今ここにこうして存在する生命体であるからこそ、過去はどうであったかということを推測し得るのであって、また現在の自己(人類)の立たされた状況を一応納得し、満足しているからこそそういう研究に赴けるのであって、今存在する我々の知り得る動物が我々の生存を脅かさない限りで客観的考察が成され得るのである。仮定法が成立する、仮定法や条件節を通して過去の実像を歴史的に人類史、生命史、地球物理史、気象史的に認識し得るような場、状況は確かに必要なのである。我々が何らかのサヴァイヴァル的状況にたたされているのなら、寧ろもっと必要に迫られた事項に関する追求と言及のみが成されて然るべきである。(ダーウィンに関しては、画家セザンヌ同様、生活にために学問する必要はなかった。)
 無矛盾性の希求もまたそのようなある種のこころの余裕が要求されるものである。だから今日の哲学者の多くは心理学者等と同様殆んど解明不能と思われるものには取り掛かろうともしない。矛盾律や無矛盾性への希求、あるいは法則的秩序の発見は、たまたま我々が思考能力として言語に拘らざるを得ない生命体として生存してきたからこそ、引き起こされた命題であった。自然の持つ合法則的秩序(必然であると我々が思うような)とその複雑なる組み合わせを生じさせるある種偶然としか呼びようのない事象や出来事さえ、もし神というものが仮にいたとして、彼(女)の視点から見てみれば全くの必然であったかも知れない。宇宙でさえ我々の住む宇宙以外にも沢山あるようなのだし、こんなちっぽけな地球上での出来事など、神にとってはどうでも良いくらい全てが想定内の出来事なのかも知れない。しかし我々にとってはそうではない。
 神そのものは誰からも支配を受けることはないのだから、自由の筈である。しかも神は論理的には絶対なる存在であるから、その限りで無矛盾的な筈である。少なくとも我々はそのようなものを神と呼んできた。
 カントは「純粋理性批判」において神、自由、霊魂の不死を定言命法とした。彼にとって自由とは神のそれがそうであるように人間にとっても決して気侭なものではなかった。それはある種の責任と決心を必要とした確固とした、あるいは少なくとも自由と呼べるからには、そうであるべきものであった。そのように倫理的にも絶対美である、あるべきところの自由は、しかし一方ではそれが容易になし得ない、なされ得ないからこそそのように希求されるべき理想的実体となる。現実には自由であると穿き違えた多くの誤解やら、誤謬、殆んど醜悪とさえ言ってよいような事象が満ち溢れている。
 西田幾多郎は<神と世界>で、「罪は憎むべきものである。しかし悔い改められたる罪ほど美しいものはない」とか「放蕩息子が跪いて泣いた時、かれはその過去の罪悪および苦悩をば生涯において最も美しく神聖なる時となしたのであると基督が言われるであろうと言っている。」(「善の研究」241ページより)と言う。
 この西田の発言や引用を、罪の部分を過去、悔い改めることを未来へ向けた「行為遂行的発言(それ自体は美しいとされるところの)」と置き換えて考えてみることも可能である。
 西田理論はこの部分においては全くバタイユ理論を先取りしている。バタイユはこう言っている。

(前略)もし私の眼前で悪の現実的な力が私の友を殺すとすれば、激しい暴力性は内奥性をその活発な形で導入することになる。暴力を被ったという事実によって私がそうなる開かれた状態の中で、私は残酷な行為を非難し、断罪する善の神に同意しているのである。だから私は罪がもたらした神聖な無秩序のうちで、壊された秩序を修復するような暴力性に訴えかけようとする。しかしながら私に神々しい内奥性を開示したのは、実のところ復讐ではなく、罪のほうなのである。そして復讐は、罪がそうである非理性的な暴力性の延長になることはありえないが、まさにその範囲に応じて、罪が開いたものをすぐに閉じてしまうであろう。なぜなら神的な感情を与える復讐とは、暴力の奔騰への情熱や嗜好が命じるような復讐だけだからである。合法的な秩序を修復するということは、本質的に言えば俗なる現実に服従しているのである。(中略)つまりその善の神とは、暴力性によって暴力性を排除する神性なのである(そしてその神は、排除される暴力ほどには神々しくない。すなわちその神性が生じるために必須の媒介作用であり、そのように排除される暴力に較べると、神聖な度合は低いのである)。だからその神が神的であるのは、それが善と理性に対立する範囲や程度にまさしく応じて、その限りにおいてのみそうなのである。それでもしその神が純粋に理性的なモラル性を体現しているとするならば、その神に残っている神性とは、ただ神としての名称と、外部から破壊されるものではないものが持つ持続に適した傾向とに由来する神性だけに過ぎないのである。

 そして本論が述べる最も大きいテーマは、バタイユが言うようなその俗であるに留まるか、俗を脱するかという問い、例えば復讐で一時的に溜飲を下げることで満足するのか、あるいは無抵抗で家族や友人を失ったことの悲しみを今はひたすら表現するに留まるのか、というような苦悩の中にある決行を躊躇う抑制力の心的にも身体的にももたらされるエネルギーの正体とその末に決断される行為に内在する心身のエネルギー転換である。
 バタイユは逆説的な論客であるし、それがのちのフランス思想にもたらした影響は計り知れずに大きい。デリダなどもその一例であろう。<(フッサールの言語論)を後日掲載しますので参照されたし>しかしこの論述にある対極的な逆説的なエネルギーの法則を示したのはバタイユが最初ではない。ダーウィンもまたその先達の一人であり、彼が相手にした自然はただ単に創造説からの離脱であったのみならず、まさにバタイユが上の論述で示したような排除されるべき暴力としてのそれであったのである。彼にとって自然の苛酷さは恐らくその中で同胞愛的なものを育むのに最も相応しい場でもあったのだろう。我々はここでキリスト教における汝敵を愛せよ、とか右の頬を殴られたら左の頬を差し出せといった謂いが何処かで、こういったバタイユ的な逆説的解釈にリンクすることを感じるのは私だけであろうか?
 ところでカントは「純粋理性批判」で次のように言っている。

(前略)未規定の知覚は、ここでは与えられている_と言っても、思惟一般の対象としてのみ与えられているような何か或る実在的なものを意味するにすぎない、従ってそれは現象としてではなく、さりとてまた物自体(仮想的存在)としてでもなくて、実際に存在し、また『私は考える』という命題においてかかる実在として表示されるような『何か或るもの』として与えられているのである。(中、79ページより、篠田英雄訳、岩波文庫)

 現象は実際の知覚における聴覚映像のもたらす知覚内容を事後的に捉えた概念に過ぎず、物自体は我々の主体的存在以前に先験的に認められ、そのこと自体も我々によってア・プリオリに認識し得るような外部環境の物理的表現である。しかしそのどちらでもない、前知覚内容的『何か或るもの』もまたカント独自のものの考え方ではない。カントは明らかにここでは彼以前の哲学的思想を念頭に置いている。例えばオッカムである。オッカムそのものの参考資料が今手元にないので、度々引用してきた「西洋哲学史」からラッセル自身が度々引用しているオッカムに関する記述をここに引用しておこう。(オッカムは後で述べるがダーウィンとは因縁がある。そしてそれは同時にドーキンスの理論にもリンクする。)しかしラッセルに入る前にまずラッセルが「西洋哲学史」を著作することとなる背景について触れておかねばならない。ラッセルは所謂合理論者でも経験論者でもない。そういう部分はカントもそうであったし、本論で大きく取り上げた西田もそうである。ただしそういった合理論あるいは主知主義論者でも経験主義論者でもない思想家が皆一括りに出来る一群の人々かと言えば、そう単純でもないところが難しいのである。今はそこには敢えて触れずに合理論と経験論がどういうものであるのか、そしてその思想的立場が例えば今日迄大きく哲学の周辺に位置しかつ支え支えられてきた心理学と、どうリンクするのかという問題についても触れておかねばならない。階層理論(タイプ理論)を提唱したことで知られるラッセルは観察眼としてのスタンスに、明らかに経験論的なものの見方〔数学者である彼が他の多くの自然科学者同様経験論的に物事を捉えることは極自然な成り行きであるが、ラッセルが言う(「西洋哲学史」の中の<論理分析の哲学>から)ように実際数学は経験的学でもア・プリオリな学でもないのである。しかしこのことを論じだすと、それだけでゆうに一冊日本が出来上がってしまうので、我々はそれを後日の課題とすることで先ず先を行こう。〕をしているが、その理論である階層性には明らかに合理論者としての認識が息づいている。その多義性は後に行動主義者(心理学者)たちが極端に外面的に示される行動にのみ依拠してきたことの反省的視点において、フッサール同様再考に値するものと捉えられる。では合理論と経験論はどのような背景を持っているのだろうか?心理学は最近の歴史において大きくクローズアップされてきた発達心理学の登場以前は明らかに経験論の立場であった。しかしそれは内観観察優先主義の裏打ちされたものであり、その批判として登場してきた行動主義における極端な内観の否定に対する反省が生み出した認識方法こそが発達心理学なのだ。経験論にはその背景として唯名論がある。それに対して合理論には実念論が控えている。中世に発達したこの二つの考え方には大きな特色がある。唯名論は個別具体的な実在の性格は[普遍という、ただの名に過ぎないもの]だけでは推し量れない、という立場であり、実念論はプラトンのイデア論を基礎として、実在に先立つア・プリオリな普遍的法則及び真理の存在を確固として認めている。(数学はある意味ではこの考え方から発達してきた。)例えば大脳神経システムや遺伝子の発現とか、生まれてきたときに既に具わったものとしての生命財産を受け継いでいる我々の身体を考えると、明らかにこの考え方は正しい。しかしすべて具わっていて環境(生物学的、教育学的、親子や地域共同体内でのつまり家族、社会との係わり合い)との密接な触れ合いの中から醸成されるものが全く必要がないか、と言えばそれはノーである。寧ろ環境との相関性のないところでは発現しない遺伝子や、大脳の機能(言語習得及びそれ以降の言語活動を支える遺伝子とか愛情に関する遺伝子とかも含めて)も沢山あり、そういった意味では民族(言語共同体とも言える)、地域、家族環境は確かに大きい要素であり、それは人間形成にとって必要不可欠であるから、唯名論的流れも全く実念論同様、的を得た考え方であったと言わねばなるまい。しかしここでもう一つ大きな特色を挙げておくのなら、今日のように進化論がある程度普及して定着した時代(アメリカでは未だに多くの国民がキリスト教的創造説を信じる人々も多く、それは所謂科学者の中にも大勢いる。それはまた改めて本章において論じる。)では最新の進化論の中にも経験論的だけではない合理論的説明を要する幾多の事実が明らかにされてはいるものの、当時の合理論、その背景となる実念論には神学的解釈の常套性が支配的であった。というよりそもそもあらゆる科学的知識は殊に西欧では(遅れてイスラムにおいても)宗教的、神学的倫理と密接、不可分であり、そういう認識自体が合理的でもあり、そこになんの疑いも抱いていなかった。その意味ではコペルニクスもガリレイもニュートンもカントも全く同じ土俵にいた、といっても過言ではない。(そこら辺の論述は村上陽一郎氏の著述に詳しいので参照されたし。)すると唯名論、経験論的考え方にそれが全く無かったか、と言えばそれも違う。ただ経験論は方法上、確かに後にダーウィン(彼自身は死後キリスト教的教義にのっとった葬儀が執り行なわれているが)が創造説による生物学的説明(それは合理論的と当時は思われた。)を懐疑的に捉え否定してゆくように誘引するエネルギー源とはなっている。オッカムは所謂唯名論者であった。ではラッセルの「西洋哲学史」のオッカムに関する叙述を見てみよう。
 ラッセルはアーネスト・E・ムーディー(Earnest E. Moody)の「オッカムのウィリアムの論理」という著作を自己のオッカムに対する位置付けと相同のものを感じることを告白しながら、それが「やや通例ではない見地にたつ著作」とし、「これまでオッカムは、スコラ哲学の崩壊をもたらした人物として、またデカルトやカント、あるいは誰であれとにかく近代哲学者のうちの彼の「意見が一致しているムーディーの見るところによれば、すべてそういったことは誤りなのである。オッカムは主として、アリストテレスをアウグスティヌスやアラビア人たちの影響から解き放って、純粋な形に復元することに腐心しているのだ、とムーディーは主張する。」「少なからぬ程度にまで聖トマスの意図であったのだが、(中略)フランチェスコ団のひとびとは、オッカムよりもはるかに厳密に、聖アウグスティヌスに従いつづけていた。ムーディーによれば、近代の歴史家たちによるオッカムの解釈は、スコラ哲学から近代哲学への漸次的な移行を見出そうとする欲求によって、害われてきすぎない場合にも、彼の中に近代的な教説を読みとろうとしたのである。
 オッカムは、彼の著作には見出しえないところの、しかし「オッカムの剃刀」という名称を説得するにいたったところの、ある格率によってもっともよく知られている。それは「必要なしに実体を増やしてはならない」という格率である。彼はこのようにいわなかったけれども、ほとんど同じ効果をもつ次のようなことをいっている。すなわち、「より少しのものでなしうることを、より多くのものでなすのは空しいことだ」と。いい換えれば、ある科学におけるすべてのことが、これやあれやの仮説的実体を仮定することなしに解釈しうるならば、そのような実体を仮定する理由はないということである。わたし自身、これが論理分析におけるもっとも実りある原理であることを、見出してきているのだ。
 明らかに形而上学においてはそうでなかったが、論理学においてオッカムは唯名論者であった。15世紀の唯名論者たちは、彼を自分たちの学派の始祖と仰いだ。オッカムの考えによれば、アリストテレスは(中略)すなわちアリストテレスの「カテゴリー論」に関するポルフェリオスの論作に帰せられるべきものであった。ポルフェリオスはその論作の中で、次のような三つの問題を提起していた。(1)種や類は実体であろうか?(2)それらは物体的であるか、あるいは非物体的であろうか?(3)もし後者であれば、それらは感覚しうる事物に属するのか、あるいはそれとは別個のものであろうか?このような彼の問題提起は、アリストテレスのさまざまな「カテゴリー」(中略)に関連するものとしてなされたのであり、そのことから彼は、中世のひとびとをして、「オルガノン」をあまりにも形而上的に解釈せしめるにいたらしめた。アクィナスはこの誤りを解きほぐそうと試みたが、ドゥンス・スコストゥスは再びその謬見をもちこんだのである。その結果論理学と認識論とは、形而上学および神学に依存するものとなっていた。オッカムはこの両者を、再び分離する課題に没頭したのである。(中略)

 オッカムにとって論理学とは、形而上学から独立しうる自然哲学の、一つの道具なのであった。論理学は雄弁的(中略)科学の分析であり、科学は諸事物に関するものだが、論理学はそうではないという。諸事物は個別的なものだが、名辞の中には普遍名詞があるのであって、論理学はそれらの普遍名詞をとり扱うのである。もっとも科学もそれらの名辞や概念ではなしに、意味をもつものとしてのそれらをとり扱うという。「人間は一つの種である」、というのは論理学の命題ではない。なぜならそれは、人間に関する知識を必要としているからである。論理学は、精神がみずからのうちに構成した諸事物を扱うのであり、それらの諸事物は、理性の存在を通さなければ存在することはできない。概念とは一つの自然記号であり、語とは約束的な記号である。われわれは自分たちが、事物としての語を用いている場合とを、区別しなければならない。さもなければわれわれは、次のような謬論に陥ってしまうとオッカムはいう。「人間は一つの種であり、ソクラテスは一人の人間である故に、ソクラテスは一つの種である。」
 諸事物を指す名辞は「第一次的な指向の名辞」(terms of intention)と彼は呼び、名辞を表わす名辞は「第二次的指向の名辞」(terms of second intention)と呼んでいる。科学の諸名辞は、第一次的指向に属し、論理学のそれは第二次的指向に属している。形而上学的な名辞、第一次的指向の語によって意味される事物と、第二次的指向の語によって意味される事物とを、ともに意味する点において特異であるという。形而上的名辞はちょうど六個あり、存在(有)、事物、何物か<著者注、ここがまさにカントがオッカムから問題を引き継いだと思われる箇所である。カントは「何か或るもの」と言っている。>、一、真、善、であるとオッカムはいう。これらの名辞は、すべて相互に述語とすることができる、という特異性をもっているが、論理学はこれらとは独立に、追求しうるものだという。
 
悟性〔訳注:「理解」と同じ語〕は事物に関してもたれるもので、精神によってつくり出された形相に関するものではない。形相は理解される対象ではなく、それによって、事物が理解されるところのものである、と彼はいう。論理学においては、普遍は多くの諸名辞あるいは概念の述語としてうるところの、名辞あるいは概念であるにすぎず、「普遍」とか「類」、「種」というのは第二次的指向の名辞である故に、「事物」そのものを意味することはできない。しかし「一」と「存在」とは相互転化が可能であるから、もし普遍が存在するとすれば、それは一であって、一つの個物であるだろうという。普遍はただ単に、多くの事物の記号にすぎないというのである。この点でオッカムは(中略)アクィナスと意見を同じゅうしている。オッカムもアクィナスも、個物や個々の精神や個々の悟性作用があるにすぎない、と主張するのである。確かにこの両者ともに、「個物の前の普遍」(universal ante rem)というものを容認したが、それは世界の創造を説明するためにすぎなかった。すなわち神が世界を創造しうるためには、創造の前から普遍が神の心の中になければならないことになるのである。しかしこれは神学に属する事柄であって、人間の知識を説明する場合には必要ではない。人間の知識は、「個物の後の普遍」(univarsal post rem)に関するだけである。オッカムは人間の知識を説明する場合には、普遍が個別的事物であるなどという考えをけっして許さなかった。ソクラテスはプラトンに似ているが、これは類似性と呼ばれる第三の事物のためにそうなるのではない、と彼はいう。類似性というのは第二次的指向の名辞であり、精神の中にあるものだという(すべてこれらの主張は優れている。)
<著者注:類似は寧ろ差異にのみ依拠した関係において、意識的に類似性を希求している精神状態の中で求められる。だから確かに第二次指向だと言える。しかし先験的に似ていると思われるものとは第一次的指向であり、精神内での悟性とは無縁に我々にア・プリオリに知覚さえも条件付ける理性として用意されている。>
 オッカムによれば、将来の偶然に関する命題は、まだ真でも偽でもない。しかし彼は、この見解と神の全知とい考えを宥和させる試みを、ぜんぜんやってはいない。他の箇所におけると同じように、ここでも彼は論理学を形而上学や神学から解き放ったままにしているのである。
(前略)彼は次のように設問する。「発生の最初性というものに従ってまず最初に悟性によって知られるものは、個物であるだろうか。」
 反論:普遍こそ、悟性の最初にして適切なる対象である。
 弁護論:感覚の対象と悟性の対象とは同じであるが、個物が感覚の最初の対象である。
(中略)
 彼は次のようにコトバをつづける。「魂の外部にある記号でないような事物が、最初にそのような知識(すなわち個別的であるような知識)によって理解される。したがって魂の外部にあるすべてのものは、個物なのだから個物が最初に知られるのである。」
 さらに彼は次のようにいう。抽象的な知識はつねに「直観的」な(すなわち知覚に属する)知識を前提するが、そのような知覚は選別的な諸事物によって惹起されるのだ、と。
 次いで彼は、いだかれるかも知れない四つの疑問を列挙して、それらを解きにかかるのである。それから彼は、最初の設問に肯定的な答えを与えて結論とするのだが、次のようにつけ加えていう。
「発生の最初性によらず、充全的相応〔訳注:原語はadequationで、事物と思惟とが完全に相応することを指す〕の最初性からすれば、普遍が最初の対象である、」と。
 ここに含まれている問題は、知覚が知識の源泉であるかどうか、あるいはどの程度にまで源泉であるのか、ということである。(後略)
「霊魂的魂と知的魂とは、一人の人間において真に区別されるものであるか」、という問題に対して、彼はその証明は難しいが区別されると答える。彼の論拠の一つは、次のことにある。すなわちわれわれは、悟性をもってすれば拒否するような物事を、欲求から願望することがありうる。したがって欲求と悟性とは、異なれる主体に属しているという。いま一つの議論は、諸感覚は主観的に感覚的魂の中にあるが、知的魂の中にある時には主観的ではない、ということである。さらにオッカムは、次のようにもいう。感覚的魂はひろがりをもち質量的であるが、知的魂はそのいずれでもない、と。次いで四つの反論が考察され、それらは全て神学的な反論であるが、みな論駁されるのである。(中略)とにかく彼は、おのおのの人間の知性は各個人のものであって、非個人的な何物かではない、と考える点で聖トマスと同意見であり、アヴェロニスとは意見を異にしているのである。
 形而上学や神学に言及することなしに、論理学や人間の知識を研究することが可能である、ということをあくまで主張することによって、オッカムの著作は科学的研究を激励したのである。アウグスティヌス主義者たちは、まず事物を理解し得ぬものとみなし、また人間を知的でないものと想定し、その後で「無限なるもの」から発する光を、持ちだしてきて、それによって知識が可能になると主張したが、それは誤っているとオッカムはいった。この点で彼は、アクィナスと同じ意見に立っているが、その強調点は異なっていた。というのはアクィナスは、第一義的に神学者であったが、オッカムは論理に関する限り、第一義的に世俗哲学者であったからである。オッカムの態度は、個別的な諸問題を研究すするひとびとに自信を与えた。(中略)
 オッカムのウィリアム以降には、偉大なスコラ哲学者はもはやいない。偉大な哲学者が出現する次の時期は、ルネッサンス後期に始まったのである。(2、469~471ぺージより)
 
ラッセルはこの「西洋哲学史」において、色々な哲学者や思想家、科学者をただ年代順に並べて解説するのではなしに、「彼が生きた時代の現代」から考察してその都度の時代の論点が別の時代(前後の)との係わり合いや、共通性、真理的な相関性から述べられているところに大きな特色があり、かつ哲学者の主観も感じられてとても興味を引かれるが、それだけに我々が本論において考察してきた哲学者や思想家の論点を考察する上でも貴重な資料である。事実ダーウィンは、カントにも劣らずこのオッカムに負っている部分は大きい、と思われる。ダーウィンが創造説の種的唯一性による神からの恩寵という考えに対し大きい自然の選択システムによる単一的な生命起源からの分化過程である、という考えは当時の宗教家や熱心なキリスト教信者からは顰蹙を買ったものの、今日の科学的認識の重要な一歩となっていることは最早疑い得ようもない。そして最小単位のものから派生してゆく自然のシステムの考え方はオッカムによる認識方法からの伝統を踏襲していると言って間違いは無い。
 しかしダーウィンの唱えた自然選択は個々の具体的事実を見てみると決して悠長なバランスのとれたハーモニーとは言えない熾烈なものである。環境に適応して生きてゆく、ということは一面では、個々の生命体が仮に努力しようがしまいが、そういったことにはおかまいなしに、適応出来ない個体は必然的に脱落させられてゆく、ということも物語っており、そのことを巧く科学史家の小川真理子は次のように表現している。
「(前略)種を形成するそれぞれの個体はほとんど変化することなく、偶然に生じたわずかな個体差が微妙な生存の差となって長い年月集積され、結果として変化が生じたのである。「環境に適応」というと、個々の生物が自分を環境に合わせるかのごとくに聞こえるが、個々の生物は何らそのような自助努力(self-help)をしているわけではない。「種の起源」のもっとも重要でありながらもっとも理解されにくかったメッセージは、世界に一切目的が無いということである。(後略)」(「甦るダーウィン_進化論という物語り」岩波書店刊65~66ぺージより)
 しかし我々がダーウィンニズムのような熾烈な自然選択(かつては自然淘汰と言った)の途上に立たされているか弱き存在であるのなら、一方で「秩序ある世界」を自分たちの少なくとも最低限の生存にとって必要なだけは確保しておきたい、と願う。
 英国にジェレミー・ベンサムという法律家にして哲学者がいた。彼はそんな秩序を好んだ。彼は「功利主義」と呼ばれる考え方の先駆者であり、Jeremy Benthamの名から功利主義という言葉は一般にutilitarianismと言うが、Benthamiteという風にも言う。西田幾多郎もまたこのベンサムに関しては折につけ触れている。西田の「実在は矛盾衝突によりて発展する」という謂いは、どこかダーウィン的でもあるが、ベンサムへの意識も薄っすらと仄見える。 このダーウィンとベンサムの違いをラッセルは的確に述べている。再び「西洋哲学史」からの引用で見てみよう。

(前略)ダーウィン主義者は、マルサスの人工理論を動植物界の全体に適用したのであって、マルサスの人口論はベンサム一派の唱えた政治学や経済学の、統合的な一部分を成していたのである。いわばダーウィン主義は、成功した資本家にもっとも類似した動物が勝利するような、世界的な自由競争を説くものであった。ダーウィン自身がマルサスの感化を受けていたし、また彼は「哲学的急進主義者たち」の説に一般的に共鳴していたのである。しかしながら、正統的経済学者たちが賛美した競争と、ダーウィンが進化の起動力として宣明した生存競争との間には、一つの大きな相違があった。正統的経済学における「自由競争」なるものは、さまざまな法的制約によって囲いこまれた、非常に人為的な概念である。競争相手より安く売ることはかまわないが、相手を殺害してはならないのであり、また外国の製造業者より優位に立つ助けとするために、国家の武力を行使してはならないのであり、さらに不幸にも資本をもたないひとびとも、みずからの運命を革命によって改善しようとしてはならない、というのだった。ベンサム一派の理解したかぎりでの「自由競争」は、けっして本当に自由なものではなかったのである。
 ダーウィン的競争は、このような制約つきのものではなかった。ベルトより下を打ってはいけない、というような規則はぜんぜんなかったのである。法律という枠組は動物の間には存在せず、競争方法としての戦争も除外されてはいない。競争において勝利を確保するために国家というものを利用することは、ベンサム一派が考えた規則には違反していたのだが、ダーウィン的競争からは除外することはできなかった。事実ダーウィン自身は自由主義者の一人であり、またニーチェが軽べつを示さずにダーウィンに言及したことは一度もなかったのだが、ダーウィンの説いた「適者生存」ということは、徹底的に同化した場合には、ベンサムの哲学よりもはるかにニーチェの哲学に類似した何物かに通じていたのである。しかしそのような展開が見られるのは、もっと後代のことなのであり、ダーウィンの「種の起源」(Origin of Species)が出版されたのが、1859年であって、その政治的含蓄は初めのうちは気づかれなかったのである。(3、772~773ページより)

 ラッセル解釈に見られるように、ダーウィンの本質は明らかにベンサム的な制約ある自由とは対極に位置している、と捉えることは出来るが、野生はラッセルの言うほどの無秩序では決してない、とも言える。なぜならライオンのような肉食捕食者さえ近接してきても、そのライオンがすでに満腹状態であることを知っている場合は、被捕食者の動物たちさえ、何の恐怖も持たずに近隣空間を共有していることなども、自然界ではつとに知られているからである。にもかかわらずこのラッセルの主張が極めて示唆に富んでいると思われるのは、生命の誕生から38億年(37億年説もある)の間に、我々は既に数え切れないほどの生命体の種が絶滅して今日に至っていることを知っているからである。ダーウィンは大きな自然の歴史にオッカム流の「川の流れの自然さ」のような解釈を適用したが、しかし、それは同時に自然の中での取捨選択が苛酷であればあるほど、その中での的確な攻撃と防御の生存戦略が履行されなくてはならない、という全ての生命的存在者の側の自覚と知恵さえもが、選択圧という自然の勤務評定の前で冷厳なる結果発表がなされてきている、という事実をも彼自身の思惑如何に関わらず、示しているのである。だからこそ、といったら少々こじ付けがましく感じられるかも知れないが、各個体においては、ベンサム流の制約的な功利主義が自覚と知恵において幅を利かせる、とも言い得る。ドーキンスは師ティンバーゲンのみならず、コンラート・ローレンツの意図さえも念頭に入れて書いたと思われる「利己的遺伝子」(日高敏隆他訳、紀伊国屋書店刊)の中の(攻撃)において次のような叙述をしている。

(前略)コンラート・ローレンツは、『攻撃』の中で、動物の戦いが抑制のきいた紳士的なものであることを協調している。彼が注目しているのは、動物の戦いが、ボクシングヤフェンシングのルールのようなルールにしたがって戦われる、形式的な試合だという点である。動物たちはグローブをはめたこぶしや先を丸くした剣で戦う。威嚇やこけおどしが命をかけた真剣勝負にとってかわっているのだ。勝者は降伏のしぐさをみとめ、なぐり殺すとか咬み殺すとかいう、われわれの素朴な考えから予見されそうな行動を差し控える。
 動物の攻撃は抑制のきいた形式的なものだとするこの解釈には反論の余地がある。とくに、あわれなホモ・サピエンスだけが自種を殺す唯一の種であり、カインの刻印ないし同様のメロドラマ的な罪を背負った種だと非難するのは、あきらかにまちがいである。ナチュラリストが動物の攻撃の凶暴さを強調するか、抑制を強調するかは、一つにはその人が観察してきた動物の種類によって、一つにはその人の進化論上の先入観によってきまる。ローレンツは要するに「種にとっての善」主義者なのだ。動物の戦いはグローブをはめたこぶしによるものだとするみかたは、誇張されすぎたとはいえ、少なくともある程度の真実はあるように思われる。表面的には、これは一種の利他主義のようにみえる。遺伝子の利己性理論は、これを説明するというむずかしい仕事にたちむかわねばならない。動物たちがあらゆる機会をとらえて自種のライバルを殺すことに全力を尽くしたりしないのは、なぜなのだろう?
 この問いに対する一般的な答は、徹底したけんか好きには利益(利得)と同時に損失(コスト)もあり、しかもそれが、時間とエネルギーの損失ばかりではない、というものである。たとえば、BとCは二人とも私のライバルであって、私がたまたまBに出会ったとする。利己的な個体である私が彼を殺そうとするのは、あたりまえだと思われよう。だがちょっと待て。Cもまた私のライバルであり、同時にCはBのライバルでもある。私がBを殺せば、親切にもCのライバルを一人とりのぞいてやることになるではないか。Bを生かしておいたほうがいい。そうすれば、彼はCと争ったり戦ったりするだろうから、私には間接的には利益になるはずだ。この単純な仮定の例から導かれる教訓は、ただやたらにライバルを殺そうとすることははっきりした利点がない、ということである。大きく複雑な競争システムの中では、そのライバルの死によって、当人よりも他のライバルたちのほうが得をするかもしれないからである。これは害虫防除の関係者たちによって学ばれた苦い教訓でもある。農作物がひどい虫害をうけたとき、よい根絶法を発見し、喜び勇んでその方法を施す。その結果はただ、その害虫の絶滅によって作物よりも別の害虫が勢いを得、前よりいっそうひどい状態におちいるだけなのだ。
 いっぽう、ある特定のライバルがはっきり見きわめて殺すか、少なくともそれと戦うことは、よい方法であるように思われる。もしBが雌のたくさんいる大きなハーレムをもったゾウアザラシであり、別のゾウアザラシである私は彼を殺すことによってそのハーレムを手にいれることができるというのであれば、私はそうしてみたくなるにちがいない。しかし、たとえ相手を選んで戦いをいどんだところで、損失と危険はつきまとう。Bが反撃にでて価値ある財産をまもることは、彼の利益につながるのだ。もし戦いをはじめたら、私の死ぬ確率は彼のと同じである。いや、おそらく、私の死ぬ確率のほうが高いかもしれない。彼は価値ある資源をもっており、それが、私に戦いをいどませる原因だ。では、彼はなぜそれをもっているのか?おそらく彼は戦って勝ち取ったのだろう。きっと私より前に挑戦した他の個体を何頭も撃退してきたのだろう。彼はすぐれた戦士であるにちがいない。たとえ戦いに勝ってハーレムを手にいれたとしても、私はこの戦いで傷だらけになり、利益を楽しむどころではないかもしれない。しかも戦いは時間とエネルギーをつかいはたす。この時間とエネルギーは、当面は蓄えておいたほうがよいのではないだろうか。ある期間食べることに専念し、もめごとに加わらぬように気をつければ、やがて大きく強く成るはずだ。いずれはハーレムをめぐって彼と戦うことになろうが、今あわててやるよりすこし待ったほうが、けっきょく勝つ確率が高くなりそうだ。(113ページより)

 この叙述は明らかに行動心理学的分析によっている。ドーキンスの言う攻撃の留保はエネルギーの温存と選択そのものの持つ取り返しの効かなさに関する知である。選択し、行為を遂行する放電的エネルギーはエントロピーの拡張作業であり、それを平静に戻し、エントロピーを縮小しながら、より次回の攻撃に備えるために成される切り替え作業は極めて大きな負担を強いる。それを回避する事一点において行為を躊躇することは創造的行為の決断(あるいは選択)である。行為の意味は自己にとっての事情によって成立してはいるものの、それが成された時は、公共的な意味合いを帯び、行為の選択という既成事実はその時点で自己という一個の他者による何らかの利益の為の利己的行動という概念によって規定を受け始める。行為の意味の概念化が即執行される。概念とは社会学的な認識に立てばイデーの根拠でもあるのだ。イデーとは意味の独自性が他者と接することで、徐々にその意味が公共化されることによって概念化し、共同体の各成員による共通価値としての概念への<仮託>が、共同体成員としての各個人(各個体)の共同体運営への個人的選択、積極的加担によって成立しながらも、その集合体としての全選択、全加担が集団の総意となり、それが遂には規則とか社会的モラルという概念に取って代わるようになる、ということである。イデーはその時我々を規定するような法則性を帯びる。フッサールは「論理学研究」において、「純粋概念的命題は(中略)これに類似するあらゆる場合と同様、イデア的非両立性ないし可能性についての言表へと転換するのである。」(Ⅰ、205ページより)と述べている。フッサールが言うイデア的非両立性とは、イデア、つまり今ここで我々が言うイデーというもので、唯一的価値でなければならない、という不可避的認識によってフッサールをして言わしめた表現である、ということである。
 動物学者たちの見解では今のところ胎生の鳥類は発見されておらず、進化の過程において哺乳類は胎生を獲得し、鳥類は卵生によって繁殖生存してきた、という法則性を成り立たせていることになる。誠に動物学者諸氏には申し訳ないが、あくまで比喩として使わせて頂くなら、もし仮に胎生のある鳥類が発見されたとすると、今までの鳥類に対する概念、つまりイデーは大幅に変更、修正と言っても革命的変化を被ったそれを施す必要性に迫られよう。すると概念とは一律であり、唯一でなければならないが、寧ろそれ故にこそ、不安定なものであるに過ぎない、とも言い得るのである。これは合理論の立たされたある種のディレンマである、とも言えよう。カントの言葉を借りるなら「対象がもはや経験の対象でなくなって」(「純粋理性批判」(中)83ページより)所謂法則的既成事実と化した時、我々はただの一人として、経験主義者であろうとも法則的知識としてしか、あらゆる対象を認知し得なくなる。しかし一度ある法則の成立基盤を揺るがすような例外が一例でも発見されたり、示されたりすれば、我々は一挙に今の今まで真実と信じて疑わなかった概念や法則に対して懐疑の目を向ける(まだ覆されていないものまで、そういう懐疑の対象と化す。)こととなる。こういうことは歴史的にも枚挙に暇がない。
 ここで一つの結論が示された。経験的に、ア・ポステリオリに法則的事実と判明したことどもへの変更、修正の必要性は、逆にア・プリオリな法則性そのものの恒常的な必要性を不可避的に物語っている。
 経験論は合理論のようには恒常的な真理、絶対法則を前提しない。故に新しく現れた事実に対処する時オッカムからロック、ヒューム、バークレー、ベンサム、ミル、ダーウィンといった一連の系譜を考える時、神に対してもどこかエポケーの意識を貫きながら(必ずしも否定しはしないが)注視出来る現実優先の考え方である。もし赤い林檎、黄色い林檎、黄緑の林檎は殆んど自明的な存在であっても、黄金の林檎、紺碧の林檎、真緑の林檎等はまず殆んど林檎の概念にもイデーにも属さない。だがもし我々の品種改良という人工的な行為のないところで、このようなものたちが発見されても、経験論者の方が対処する姿勢に狼狽が少ないのではないか、と思われる。そもそも合理的説明が付く真理の絶対的存在を信用しないのだから、科学的観察姿勢はア・プリオリに具わっているからである。概念や真理はその都度その時なりの事情で変更してゆけばよいのだ。
 生物の、生命体における個体の生命維持は、哲学的に言えば主体の意志であるし、心理学的に言えば外部環境に対する個体反応であり、分子生物学的に言えばセントラル・ドグマ説に忠実に活型と不活型のスイッチングのオン、オフによって開放したり、抑制したり、という身体生理学的機能によるものである。進化がダーウィンの言うように、長時間による自然に対する適応によって徐々に変化を被り、適応者のみが生存してゆくのか、それともエルドリッジ、グールド説(ネオ・ダーウィニストたち)のようにウィルスによる断続的変化であろうと、本論が推測するように、何らかの外敵(捕食者他の)に対して、同一種であることを隠蔽する擬態としてさまざまの形態を持ちながらも中でも、とりわけそういった諸事情に対し適応していった個体群のみが定着した形態と化した、という考えであろうとも、個体は自然条件とそれに常に抗した内部の身体条件による制約に忠実にその都度の判断で不随意に変化したり(必要に応じて)、適応出来ずに生存レースから脱落したりするわけである。その意味では個体は常に種的概念の体現体でありながらも、自らの身体条件と個的な生命的事情によってその個別具体的な意味によって種の生存という概念に常に参画している成員、積極的加担者として生存している、ということが出来る。
 そもそも我々は生存に必要な行為の選択なしには生きてゆけないという限定された自由の存在として、生まれ落された時から、他のすべての地球上における生命的存在者としてア・プリオリに規定を受けている。
 我々の身体は、ミクロ・レヴェルでは遺伝子の発現においても発現されて機能的循環を果たしている血液でも、各種細胞でも予め用意された不活型を活型に転換したり、また逆に活型を不活型に転換したり、ゴー・サイン遺伝子や蛋白質を抑制遺伝子や蛋白質がその発現を留保させたり、逆に抑制因子自体の活動を留保させたりといった、ナノ・テクオンリーでの可視世界では極めて熾烈なる競争がまさにダーウィンの自然選択を身体内においても地で行っている。この不随意な身体生理学的適者生存のメカニズムは、ある時には身体機能全般にも被らせる大きな影響を持つこともあり、所謂病気になったりしながらも、そのように内部闘争に明け暮れながらも、概ね身体全体のホメオスタシスにおいては実に巧く統制され、やはり外部世界と直に接している外皮という身体の全表面は、外部からの攻勢を巧みにかわすために内部闘争を隠蔽しながら、環境メカニズムそのものとの結節点として外部と内部の折り合いを付けている。我々の身体のホメオスタシスとは実はこの外部の熾烈さに拮抗し得るために、内部闘争がありながらも、まるで他国と戦争状態へと突入してゆく際の国家のように、結束させることを常に強いられた、大脳による指令(まるで政治的決断ででもあるかのような)に忠実な施行者である。そしてとりわけ、その中で活躍する抑制系のシステムこそ、ベンサム的な制限付きの自由という概念を彷彿させるものでもあるのである。
 
           内部は、外部と同じ
           ダーウィン的世界

  ダーウィン     ↑
    的       〇
  外部世界


           ベンサム的制限された自由、
           と抑制作用<円周>

しかし我々の身体は時として、国を滅ぼすテロリストのような癌細胞その他の身体上の原理主義的生理テロに遭遇する。その事態に立ち向かうためには強靭なる意志を要する。そういった決断は随意的な身体上の意志と不随意な身体上の意志の鮮明なる闘争である。

 暫くその闘争を言語の場から考えてみよう。ウィリアム・ジェームスは明らかにプラグマティストとして経験論的立場の方法論を継承しているが、彼の思考に対する考え方は生存競争に依拠しており、それはすなわち言語によるコミュニケーションでの思考活動に直結した命題なのである。個々の個体としての言語共同体成員は、意志的存在者として共同体維持に(好むと好まざるとにかかわらず)参画しており、そこで共同体規則として通用する概念は、その「すべての意志的存在者の意味の多様」を暗黙のうちに制限を加えており、言語という一体系もまたその時々の自然選択を乗り越えてきているのである。
 英語の歴史から暫く考えてみよう。
 言語の形態はドーキンスも述べているように(「利己的遺伝子」中の<ミーム‐新登場の自己複製子‐>より)『言語は、非遺伝的な手段によって「進化」するように思われ、しかも、その速度は遺伝的進化よりも格段に速いのである。』それはなぜであろうか?
 実際はそのことを論じ出すと一冊の本をまた書かねばならない程の難問なのであるが、直裁に言って、言語が共辞的(共時的)な行為である共同体内の意思伝達機能であるということにつきる。どの言語においてもその言語共同体(民族共同体と一致することもあるが、そうではない場合もある。)独自の歴史があり、それは極めて変化の多い事例の集合である。例えば日本語なら日本語の歴史において極発生初期から現代にまで通じて変化しない部分や要素、本質的な特徴が、必然的に最初から備わっていたと考えるには、あまりにも多くの歴史的な変遷、つまりその言語を取り巻く民族共同体の内部での抗争と思想的変化(生活上の信条から宗教儀礼、生活上のその都度の科学的知識にも不可避的につきまとう常識とかの)があまりに多くあり過ぎて、もし現代にまで通じる日本語の要素とか普遍的に思われる部分があったとしても、それは言語構造自体に宿る部分も多少はあるだろうが、殆どそれは僅かなる痕跡にしか過ぎず、そういった痕跡さえもが殆ど予定調和的な必然性として現代まで持ち越されたというよりは、全て限りなく偶然に近い。だから何故英語であるかと言えば、英語が今世界の共通語としてのスタンスを持っていて、これもまたただ単に一個の民族言語であるにもかかわらず、今や国際的な常識にもなっているというここ一世紀位の激変を見るに付け極めて言語の歴史を辿る上で好例と思われたということである。そして言語はその時その時の「世界の事情」に即応して臨機応変に変化し続けてきた。「世界」とは現代のように交通網が発達していない時代のものであっても同じである。「世界」には交流が厳然とあったし、民族共同体も言語共同体も常に流転を強いられてきたのである。民族の大移動というものが言語構造として考えられる文法の痕跡を部分的には残し、別の部分では発音だけを残し、別の部分では語彙だけを残しというように語り語り継がれて来たという事実だけが不変である。
 言語が社会の中での意思伝達の手段である限り常に現在進行形の中でのその場その時の状況性に即応した臨機応変な変化が常に求められてきたのである。その好例がピジン語であり、クレオール語であったりする。英語にもその双方ともが関係している。米語も英語と位置付けることは寧ろ現代では当然過ぎる(所謂イギリス英語の方が今では米語を追いかけている。)のだから、まず米語というものの歴史を簡単に振り返りつつ、その米語が本国イギリスの英語から引き継いだ部分、捨て去った部分から初め、徐々にそれ以前のイギリス英語の成立史へと移行しよう。(つづく)

 付記 本ブログは暫く休暇を頂きます。またこのD論文「言語、行為、選択」は中間部の未完成論文作成のために休暇を頂きます。暫くAからCだけを順に更新します。来年(2010年)正月明けにお会い致しましょう。

Sunday, December 13, 2009

C翻弄論 7 いい加減さの正体とは一時的な抑制解除ではないのか? 

 デズモンド・モリスの言う人間の女性の乳房が性的な信号であることを容認して考えると、人間は長い狩猟生活において つがい行動 が出来ないためにその間性欲を抑制する能力(それこそが理性の原初的な形態であったのではないか、と思われる。カントはそれを格律と呼ぶ。)を身に付けた。だが繁殖はそれを解除せねばならない。理性が極限に達するとメスの居住する場所へ帰巣してもオスは尚抑制状態を持続させたままであることが多かったであろうと思われる。そこで徐々に女性の乳房の巨大化が性的刺激誘引作用を喚起させつつ進化上発展していったということは充分考えられることであろう。やがて人間のオスはその巨大化した乳房を見て性的な欲情を恒常化させていったのだ。
 このことから察するとメディアに多く露出する政治家の人物を候補者の中から投票するように行為決心させる(無名な候補はその公約を知っていてさえ回避する傾向がありはすまいか?)ものとは、ある種のメディア独自の信号という刺激に対する反応であるような循環システム的な行為という風にも考えられ、思惟の介在しない最も巨大な乳房と化したテレビ等のものに、まさに初期人類のオスがメスの誘引に惑わされていったかのように現代でも未だに同じ生理的な過程を踏襲しているのだという風にも思われる。メディアの流す情報が氾濫した現代でさえ、実は我々の生物学的な生理構造は古代より何らの変化も被っていはしないという厳然とした現実がある。
 これは日本文化が政治を「まつりごと」と言うように祭り意識が強かった、という歴史的な継続性を物語っているが、アメリカ合衆国は近代以降に成立したネーションなので、祭事ででもある大統領選挙が日本の古代から続く文化的様相とは異なり、無意識的な祭り意識(日本)とは異なり意識的な祭り意識であるとも考えられる。
 ここで日本における選挙が集団的な無意識、つまり脆弱な「個」の集合である、つまり群集加担、群集依拠、群集委託的無責任の特権的行使であるような心理による決心の構造を持っているということは明確になってきた、と思われる。
 つまり日本人は個的な行為選択よりも集団追従的な行為選択を政治的には適用する傾向がある。つまり理念よりも当否の結果予測を重視する投票行動が多いと言えまいか?
 党派的行動においてもその集団依拠的な姿勢は透徹されている。
 だが買い物の時には個人の意志で商品を選択する。しかし何か大きな宣伝があれば途端に個を失う。(これはアメリカ人にも当て嵌まるように思われる。)大きな宣伝に対する反応は広義の祭り意識であるとするなら祭りにおいては個を集団に委ねるということが日本人のみならず多くの民族で散見される。要するに株の売買の歴史的な経験(とりわけ個人投資家レヴェルの)の希薄な日本人の行動は特異なものがあるのかも知れない。しかし資本主義の権化、アメリカでもこの種の幾つかの例はある。1929年のウオール街における株の大暴落やブラックマンデー事件といったものが挙げられる。これもまた一時的抑制解除ではないのか?いつでも理性的に判断することが嫌になり直感的な予想に身を委ねるという部分人間にはある。だから何も日本人だけが非理性的に狼狽売りしたりするとは言えまい。いい加減さの部分が民族によって異なるように、理性的な部分も民族によって異なるということはあるかも知れない。しかしそれは何か人間性の有無を分かつ決定的な要素ではないであろうと思われる。

Friday, December 11, 2009

B名詞と動詞 10、<留意事項>

 ここで心身、心脳の問題に就いて触れることには意味があるであろう。心身は心を脳、身を脳以外の身体(実はこれも脳を含もうとするのだが)であるとすると、脳を特別視する考え方であるし、身を脳も含む身体全部で、心を意識、感情、意志、知覚、記憶といったものとすると、生理学と心理学の二元論ということとなる。又心脳二元論とは心を随意的(意識的)、脳を不随意的と捉える捉え方か、心を右脳、脳を左脳と捉える捉え方かいずれかであろう。
 今後哲学でこのことを論じるとしたら、心脳を同一視したなら随意、不随意の差とは明確ではないことをその根拠として、心身を同一視するなら脳は身体全体に影響を与えるが、同時に影響もされるということを根拠とすべきであろう。本論では基本的に心身、心脳同一として論を進めるが、その都度心を脳としたり、右脳としたり感情としたりするが、それはその都度指示しようと思う。
 哲学では多く身は脳も含めたものとして捉えるが、知覚を知覚行為(物理的事実)として捉えれば、その形式だから身、しかしその内容として捉えれば心という峻別には意味があるから峻別するも、形式と内容は知覚の意志がかかわる前頭葉から知覚をなす後頭葉への実は脳全体の連関であるから、形式、内容という峻別は脳全体の行為として見れば一つの認識方法でしかない。行為を目的としても手段としても捉えることは可能だが、これも勿論二つに類別することは出来ない。ただ我々は手段として見たら目的として見たら、あるいは形式として見たら、内容として見たらこうなるだろう、という示唆に本論では留めよう。

Thursday, December 10, 2009

A言語のメカニズム 17、理解、経済、発現

 前章の簡単な復習をしておこう。我々は言語行為というものを殆んど意識しないで意思伝達のために行うことが出来る。それは我々自身の本能的な言語思考のシステムが大脳内にあるのではないか、ということである。しかも記憶に関してとりわけ興味深いのは、デリダの言うように差異によって記憶をすることが考えられるのなら、記憶を呼び戻す、深層意識に沈殿していた記憶の格納庫から脇へ追いやられた幾つかの朦朧としていた記憶が呼び戻させるのは、楽しい気分でいたところへもってきて、突如何か不幸な知らせを得た時の我々の心的状態のような急激な変化が大脳自体を刺激し、忘れていたものが急遽思い起こされるということである。これはカタストロフィックな経験をした人が何かそれを連想(観念連合)させるものに出会うと、突如フラッシュバックして当時の記憶が鮮明に再現前化されることからも明白である。この場合楽しい気分の延長は、継続である。(持続とかとちょっと違う。持続は本来なら中断しても良いが敢えて続行することであるから。)継続している時には反省もないし、思惟も少ない。だが突如悲しい知らせを耳にすると、その気分は一気に吹き飛び、それまでの心理的状態は中断される。中断するということは何か新しい事態、局面の登場したことに対する理解をもつことである。その瞬時の理解と、心的状態を、今の今までの弛緩したくつろいだ気分から緊張した気分へと切り替えることは身体的、内的エネルギーが相当必要だ。するとその際に身体に残存するエネルギーのどのくらいを使用してどうような内的自己決定させるかを脳は判断し、その際の判断によって必要なものを過去の記憶から取り出し、有効に使用し、現在に払われる不必要なエネルギーを節約し、そういう生の経済に忠実に判断する。だから過去像の突如の出現は、無意識の内に過去のデータから現在の取るべきスタンス決定を決済する為にいかに節約されたエネルギーで、つまりエネルギー効率に忠実にエネルギーを消費するために過去実績を援用しているわけである。その際にいろいろの過去の余分な思い出までもが同時に思い出されるというわけである。記憶したものを引き出すという行為は常に現在に役立てるという無意識の選択が決定している場合が多いと思われる。
 要するに、自己を取り巻く状況的変化を理解し、そのために対応すべく現在の自己に残っているエネルギー(生理的、心理的双方の)をチェックし、それをバロメータに次の行動を生の経済に照会し、それに沿った形で行動を取るべく行為を具現化させるべく行動に向けられた予備エネルギーの消費準備に向けて遺伝子を発現し、そのついでに記憶の格納庫からも余分な事項も引き出される、それが一瞬になされる、ということであろう。
 さて前章の最後で西村を含め多くの固有名詞を挙げたが、これらは本論の論理的展開上必要不可欠なものであるが、必ずしもどの理論が一番正しく正当であるかということではなく、全て部分的に本論に応用可能である、ということである。例えばソシュールやヤコブソンは構造言語学と呼ばれる立場で、恣意性とかラングとパロールとかの概念を示したことで有名であるが、養老孟司の謂いを借りれば構造は視覚的見方で、機能は聴覚的見方であるそうだが、本論では構造は視覚的というよりも静的(名詞的)であり、機能は動的(動詞的)な見方であり、構造が普遍的法則へのア・プリオリの追究姿勢なら、機能(ジェームズ、ウィトゲンシュタイン、オースティン等はこの側面から論理的展開をした。)は法則に沿ってはいるものの、その都度異なった状態にある可変的な例を特に考慮した追究姿勢であることとなり、後者の方が微細となる。しかしどの道こういった二つに分離させた捉え方には必然的に偏りが生じよう。そこでこの二つは不可分の関係で前者は後者を、後者は前者をもって存在するような捉え方としながら、両者は相互に常時必要とする、という考え方で論を進めたい。
 前章で私は数学の話をし、とりわけ位相幾何学を無意識的に我々が有している能力をある障害(それは制度とか、慣用的秩序、とりわけ言語行為と社会常識とか言う者であろうと思われる。この考え方は実はウィトゲンシュタイン的な考えである。ソシュールも似たようなことを言っている。)の為に容易には認識出来なくなっていることをその覆いを除去したのだ、とポアンカレのことを述べたが、誰しもこのような常套的とは言えないような認識方法をもっているのにもかかわらず、それが隠蔽されているのだということは、我々が睡眠中にレム睡眠中にだが、見る夢における形態的な把握の仕方はまさに位相幾何学的だ、ということからも理解出来るように思われる。そればかりではない、しばしば日本人である私さえ夢の中では英語がペラペラで、英語でものを考えていることさえもある、ということである。確かに2歳前後の臨界期において文法やその他の言語秩序を身につける段階を通過すると、徐々に学習、習得本能は損なわれてゆき、仕舞いには大人になると、ある限定された、つまり過去に身に付けた習得要素だけで、いろいろ組み合わせ深く論理的に思考することは長けて(子供よりも)行くが、それは経験に応じて身に付く知恵であり、本能的な学習能力は減退してゆくのである。しかし一端身に付けたものは何らかの衝撃によってブローカ領野やウェルニッケ領野が傷つけられない限り我々は文法(ブローカ)も意味(ウェルニッケ)も損なわれることはない。つまり学習能力の減退はすなわち一端覚えたことを忘れないように固定化するということにいついての(固定化されない内は応用とか展開とかに結実しない。)能力に切り替えられる段階的秩序をも指し示している。
 マット・リドレーはブローカ領野とウェルニッケ領野についてうまい比喩を語っている。

ブローカ野は発話を生み出す場所で、ウェルニッケ野はどのような発話を生み出すかブローカ野へ指令を発する場所だとの見方ができる。

このことはフッサール哲学において後期とりわけ重要であった動機付け(コミュニケーション成立における最重要な伝達意欲を育むモティヴェーションのことである。)がウェルニッケであり、その動機付けによって履行されるためのア・プリオリな前提条件というカント的能力こそがブローカだということである。
 その意味ではカントは人間の基本的能力を権利問題としての理性論の機軸にした、という観点から初期言語生理学者であった、とも言えよう。カントが我々が生きる今日のような時代の哲学者ではないということが、彼のテクストを今日触れる全ての人々に対してある戸惑いを持たせるが、理性という彼の概念に限ってちょっと考えてみると、それは一方で良心を我々自身に保有させるものと、一方では我々自身の保身を司るものとが実際上は分離されたものではなしに、一つのものの表裏であることを示した概念である、と捉えると極めて理解し易い。
 我々が誰かそれ程親しくないの人間とコミュニケーションを取る場合のことを考えてみよう。その他者は知り合ってからまだあまり日がたっていない、かと言って全然知らない人間ではない、としよう。第一印象がそういいものではなかった、という場合を考えてみよう。すると我々はその人間に対して、ある程度の距離を持とうとする。まだそれ程信用できるわけではないのだから当然であろう。それでコミュニケーションの際にどういう話題で切り込むかという時に何らかのその人に対する、あるいは親しい人間に対してなら臆することなく表明しようような真意は、表明せずに済まそうという防衛本能が働く。そういったある種の演技、軽い偽装を通して会話し続けながら、次第にその人間がそれ程悪意ある人間でもなく、それ程猜疑心も強くなさそうだということが判明してゆくものとする。なぜなら自分の言うことを常に懐疑を持たずに素直にすべて信用してしまうようだからだ。つまりこの人間は別にそれほど自分が力を入れて真意を語っているわけではなく、寧ろ他者の反応を適当に伺いながら、その場しのぎのいい加減な対応に終止し、社交辞令的言辞に徹しているにもかかわらず、すっかり自分の物言いを信じきっているのである。その時先程まで自己防衛を構築していた懐疑心が徐々に良心に転換し、あまり偽装していてはこのような信じ易い人間には気の毒だ、と思うようになる。そういった振り子現象を構成するものは他者信頼が醸成されぬ内は自己防衛であるものが、一端それが解けると良心に早替わりするものである。良心とは自己の打算的な他者に対するアプローチをあまり続けていると他者からの信頼を失うことを恐れて懐疑的姿勢を解除しようと欲するフロイト的に言えば自己保存欲動にほかならない。勿論その過程では嘘をついたり、偽証することはよくないことだ、という倫理的な思いも存在する。
 しかしもし仮に我々がテロリストに拉致されたり、どこかに監禁されたり幽閉されたりした時に、テロリストに対して何か「気分はどうだ?」とか質問された時に、恐怖で身が引き攣っているのに、そのことを正直に告白する者などいようか?大抵こういう過激な行動を取る人間は他者から警戒されていることを極度に嫌う神経症である場合が多い。恐怖心を悟られまいとして、無理にも友好的真意を装うであろう。(こういった偽装は犯罪的意図はないし、良心の呵責も持ち様がない。なぜなら恐怖との戦いだからである。要するに正当防衛である。)つまり良心と自己防衛本能は表裏一体の心理であり、生理なのである。
 だからカントが理性と呼ぶものは、悟性や判断力をも司るア・プリオリな我々の言語能力であることは間違いない。カントは理性が正当な我々に付与された権利であると考える過程で、その理性が命じるいろいろの場合を想定し、そこに言語的思考(誰かを「愛する」とか「もてなす」という行為を概念が成立させることは一方で、誰かを「憎む」とか「すげなくあしらう」というような対になる行為を実際上は抱き合わせで存在していることを前提にして(承知で)我々は言語行為を行っているし、そういう可能性を持たない思考など存在しない。)を介在しているのだ、ということを当時の哲学的常識に乗っ取って自己哲学を展開しているのである。
 脳というものはまず最初に他者とコミュニケーションを取る際にその人間がどういう人間かということの判断を介在させてから臨む。話者の言辞に対する統辞的理解はその後である。{(創造と理解)をこの論文を終了後掲載更新いたしますので、その際に参照されたし}その際に取り払われる脳内の判断について考えてみよう。
 確たる証拠はまだないのであるが、恐らく言語活動を根底から制御しているものの正体とは一部は当然のことながら遺伝子であるが、また別の主要な一部は脳、とりわけ大脳であり、また大脳内の神経組織の相互連関システムであり(チョムスキーも述べている。)、かつそういった相互の(遺伝子→大脳)、(大脳→神経細胞)というような命令系統そのものであると同時に、そういった系統自体を制御する複数の遺伝子と脳といったアンフィンゼン・ドグマとクリックのセントラル・ドグマ(DNAとRNAが相互に指令<前者が後者に>と影響<後者が前者に>を与え合っていること)とが双方作用し合っている現実そのものである、とも言えよう。要するにたった一個の遺伝子による影響力は恐らく言語活動や言語行為を司るあるほんの一部である、つまりいろいろの遺伝子や神経組織がある部分では相互に連関し他と緊密に、ある部分では勝手に他と無関係にそれ独自に行っている、その総体を我々が勝手に言語活動とか言語行為と統合した作用として呼んでいるだけなのだ、という風にも解釈出来るというわけである。そもそも養老氏が指摘しているように、言語行為をパロールとエクリチュールとを統合したものとして捉えること自体が幾分勝手な統合論ではあるわけだから、例えば物を見るのは目であり、音を聴く(聞く)のは耳であるが、その二つの全く異なった知覚を統合して、全体的に一つのものとして認識しているのは、我々自身の勝手な都合と見做してもあながち間違いではないのだし、つまりその二つを全く切り離された二つの別種の体験としても間違いではない。(例えば手に怪我をしても足には特別の影響はないので、とりあえず無関係としても間違いではないように)ただ、目と耳は比較的近接した領域にある器官である、ということなのである。このことがこの二つを期っても切り離せない統合的な言語行為像を形作っているわけなのだ。
 カントが無意識の初期言語生理学者であるなら、フッサールは懐疑的な一面も除かせる言語生理学的側面を強く打ち出しているにもかかわらず、他者性とか動機付けとかに拘る真理探究者である。そしていろいろの規制概念を打ち破ってはいるものの、最終的にはイデーの絶対性を否定しない、その意味では徹底した合理論者でもあり、カントの後継者でもある。フッサールは初期大作「論理学研究」で、純粋論理学を彼自身の表現であるところの思惟経済学に先立っていると考え、思考が最短距離での理解を可能にするように概念、法則化させる不可避的人間の思考本能は、論理学的認識を出発点とする、という考えであった。このことは徐々に別種に論理に置き換わっていくことになるのだが、その移行過程そのものがフッサールを意識的に言語を論じながらも言語本体の正体に関しては結論を避けるような論者である、と言える。<本論終了後更新していく予定の「真意と偽装の心理学」中の(フッサールの言語論)を参照されたし。>
 また極めて重要なことに「イデーン」では拒否を述べるために対比的に賛同を持ち出している。このことは極めて重要であり、本論とも関係が深い。更に結論的に急げば、「経験と判断」では絶対的基体と絶対的規定とを区別して考えたり、二項対立的視点は、かの有名なノエマ、ノエシスと同様フッサール哲学の論理的展開を特徴付けている。
 現代心理学では人間は最長5秒しか奇異なものを奇異と感じることない、とされている。もしそれ以上何かを奇異と認識するなら、永遠にそういう驚異で全ての時間をやり過ごしてしまうという恐怖をア・プリオリに抱いているかのようにである。つまりここでもカントやフッサールがア・プリオリとかイデーと呼んだものが論理的な思考(フッサールのこの部分はカントでは悟性とされる。)としてそれこそア・プリオリに脳内に条件付けられており、だからこそ、我々はそういった先天的な能力として数量化したり、数学的思考を持ち、距離感や金銭的経済観念や大小を比較検討したり、計算したり、といった基本的能力を行使し日常において役立てているのである。数学はだから基本的能力の絶対的発現を目的とした常套的観念という障害の除去を前提している。だからこそ我々というものは、もし未知のものに遭遇しても何か必ず必然的なものに違いない、と断じながらその未知性を克服しようと努めるのである。
 ラッセルが「西洋哲学史」で指摘しているように哲学は大部分において言語行為である限り数学や論理学と相同であるが、「なんであれ、知りうることのすべては科学的知識によって知ることができるのだが、正当に感情的な問題に属するようなことは、科学的方法の領域外にある。」という謂いによって代表されると思われるが、ここに哲学の登場する機会がもたらされる。それ以外では宗教か、芸術が考えられよう。ともあれ哲学とか芸術は論理で割り切れない部分の我々の世界(そういうものもやはり厳然と「我々の」世界なのだ。)に切り込む処方箋である。本論では数学的アルゴリズムと言語の相同性の言及から出発したが、それは一層正しい。なぜなら哲学とか芸術とか宗教とかの論理で割り切れないものを我々自身が希求するにしても、それを我々に情報として伝えるのは言語であり、言語において「人殺し」とか「陵辱」とか「背信」とか「不倫」とか言ってもそれはその語彙の意味に我々自身が勝手に倫理的判断を付与し、そこに「してはならないこと」としているだけであって、言語自体が指し示す概念的様相や意味(本論におけ個別的必然性とは違う常套的意味で)とかはいいとか悪いとかの価値判断以前の世界像の写像であり、「いいこと」とか「悪いこと」とかの、そういった価値判断は我々が言語の指し示す内容に関して問うことから発生する問題であるに過ぎない。だからそういった意味で言語は構造的には公平であり存在仕方は(誰が使用してもよいし、そこに差別も、意味の違いもない。)論理的なものである。
 生物学の世界では「共進化」というものがある。これは重要な概念であって、例えば花と昆虫のものがつとに有名である。花は花が分泌する蜜を求めてやってくる昆虫によってその花粉を出来るだけ広範囲に散布して欲しい、そうすることが自己の種の保存戦略上有効であり、昆虫もそのために蜜にありつけこの上なく利がある、というものである。しかもある花はある特定の能力を備えた昆虫にのみ利を与えるように、例えばある種のランのように花冠(花の管)を伸ばし、それに対応する唯一の蛾にのみ利を与え、他種にはどうすることも出来ないように進化した。それはある意味では他のずるがしこい昆虫からの偏利共生を未然に防止する役割を果たしてはいるものの、それ以外の戦略を放棄すること、すなわち極論すればその共進化のペアたる唯一の昆虫に依存してしか生を全う出来ない(ということはもし仮にその昆虫が絶滅したら、自己の生存も危うくなる危険性を孕んでいる。)ということとなる。
 言語共同体(民族)とは、恐らく文化共同体(別言語で同一宗教ということはよくあり得るので)よりもそういったサヴァイヴァル戦略上の不動点を確定した、つまりこれ以上ないというほど、自民族の勝手な都合によって相互に結びつき合い、自民族の範囲内でのみ利便性を共有し、逆に他の民族からは孤立してゆく、という原理に忠実に、運命共同体、民族自決的共同体の性格を帯びている。(古代の日本もそうであった。いくつかの別アイデンティティーの民族同士が最初は争っていたけれど、後に相互の共進化の道を選んだ。)また言語自体も、その自民族に固有な文化コードとしての性格を有しているわけだから、必当然的に他民族、つまり他の言語共同体、社会に対しては排他的な要素を充分に併せ持っているのである。そういったシビアな現実認識において、例えば一個の独立した自己の中でさえ、そういった自決権、サヴァイヴァル上の唯一的事情が考えられて当然であろう。そういった認識に立つ時、フッサールの拒否という概念はいわく示唆的であろう。勿論フッサール自身は拒否という言葉を純粋知覚上のメカニズムを説明する為に採用したのであるが、それは一フッサールの事情を超えた普遍性を内包しているのである。

(前略)元のものに逆に関係づけられている一つの新しい変様があり、しかもその変様は、各種の信念諸様相に本質的に志向的に逆に関係づけられているために、場合によっては高次の段階の変様なのであるが、そのような変様がすなわち、拒否であり、かつまた拒否と類比的な賛同である。もっと特別の表現をすれば、否定と肯定が、それにほかならない。どんな否定もみな、或るものを否定するということであり、否定されるこの或るものは、結局のところわれわれを、何らかの或る信念様相へと戻るよう指示する。したがって、ノエシス的に見るならば、否定は、何らかの或る「設定立」の「変様」である。ということは、或る肯定の変様ということではなく、何らかの信念様相の拡大された意味における「定立」の変様だということである。
 否定の新しいノエシス的な働きは、それに対応する設定立的な性格に「棒を引いて消し去り・これを抹殺するということ」にある。否定に特有な相関者は、抹殺性格であり、「非ず」という性格である。その否定の棒線は、或る何らかの設定されたものを消し去る形で、もっと具体的に言えば、或る「命題」を消し去る形で、一本線直ぐに引かれる。しかしそれは、その命題の持つ特有な命題性格、すなわち、その命題の存在様相を抹殺するという仕方によって、である。まさしくこのことのゆえに、この抹殺という性格および否定の結果出てくる命題そのものは、ほかの或るものの「変様」として、そこに成り立ってくるわけである。これをやや別様に言い表すならば、こうなる。すなわち、素朴な存在意識がそれに対応する否定意識へと変転することによって、ノエマのうちには、「存在する」という素朴な性格に代わって、「存在するのでは非ず」ということが、出現してくるわけである。
 これと類比的に、「可能的」、「蓋然的」、「問題的」ということに代わって、「可能的で非ず」、「蓋然的で非ず」、「問題的で非ず」ということが、出現してくるわけである。そしてそのことによって、ノエマ全体、「命題」全体が、その具体的なノエマ的充実において見たとき、変様されることになる。

 このフッサールの論述において、我々は先に検証した受容と拒否のメカニズムを想起せざるを得ないであろう。我々は拒否を出来る限り回避するかたちで、実際上はそのものと完全に縁をきって進化してきているので、かつて進化論を創造説に謀反を起こすものとして我々の祖先が拒否したように、分岐したチンパンジーとの共通の祖先と現在の我々はかなり隔たっていよう。その唯一的不動点への移行過程では極めて熾烈な選択基準でもってあらゆる選択肢を排他してゆく歴史があったにちがいない。それは肯定的に何を選ぶかよりも何を拒否し、何を棄却するかという行為に近かったであろう。ちょっとでも生理的にそぐわないものを徹底的に排除することでしか、言語を通した共同体の秩序は形成せられ得なかったのであろう。
 交際したくはない他者に、向こうから接近された場合、拒否することなしに、一切の連絡をたつことが、実際上は徹底した拒否姿勢を他者に示すことになる。だから、ある言語共同体が形成される過程ではその共同体にそぐわない個人、というか個体を徹底的に排除する形での(それは恐らく戦うことすらない、徹底無視であったことだろう。真の意味での村八分である。)取捨選択であったことであろう。今どこの国に居住する市民もその行為によって恩恵を被った人々の末裔なのである。だから最後の部分でフッサールが変様と言っている部分こそ、実は特殊化し、自分たちだけの勝手な都合で閉鎖自己完結した状態の不動点を見出してきた、ということなのである。それは恐らく瞬時の知覚判断においても半ば法則的普遍のフラクタルとも言うべきものとして「5秒前の奇異に感じた感覚は消失している」日常の中では必当然的なのであろう。(だから逆にジャ・メ・ヴュを感覚出来る天才たちだけが、偉大な科学者や芸術家として後世に名を残してきたし、これからもそうなのだ。)
 纏めよう。つまり我々は瞬時の判断により知覚対象の合目的性やら、機能やらを完全に理解出来ぬままでも、とりあえず理解したものとして先へ進むしか生の時間の経済を有効に利用することは出来ない。だから何らかの行為を支える身体的運動能力は、明らかに慣用的、といっても人類が文明を有した200万年の間に身に付けた言語行為や都市文明などを遙かに凌ぐ時間的スケールで我々の祖先の種から引き継いだ遺伝子レヴェルの本能であり、言語を理解することが出来る(生まれてそういう言語共同体の一員としての生を保証されれば、必ず発現する先天的能力として)素地は、恐らく我々とチンパンジーとを遡る形で結びつける共通の祖先から引き継いだのであろうが、何らかの偶然からチンパンジーはそういう素地を有効に活かしきることなく今日まで生きながらえ、我々はそういう素地を見出し活用して今日までやってきたというわけなのである。その一つが数学の能力であり、複雑な言語能力なのである。

Monday, December 7, 2009

D言語、行為、選択 15、オースティン巡礼

 我々は言語が行為をすら誘発するような、あるいはそれ自体がオースティン流の行為遂行的な、もっと行為そのものであるような地点に我々自身の問題意識を見出す必要がある。そこで最初に触れた言語の無限的にさえ思われるある種の我々自身の不可知領域をさえ表現できるような能力を見てゆかねばならない。我々は我々自身の不可知性に対して、神という概念を古来より使用してきもした。そして神なるものの実体を知る者など誰もいはしないのに、それでも尚我々は神という概念に対してある種暗黙の前提を認め、古くから馴染みのものとして受け取りさえしている。それが言語能力の一部であることを気が付きもしないで。言語の能力は決して無限ではない。しかしその被表現領域の無限性に対する無頓着な信頼こそが我々を言語なしには生活できないレヴェルにまで、我々自身を連行して来た、と言える。  我々は全体を知る、と言うが、これなどはフッサールも指摘しているが、実際上は矛盾命題である。全体とはあくまで部分の全体であり、無限に全体は適用できない。にもかかわらず我々は我々自身の知る世界以外の未知の世界をも含めて世界の全体と言ってきた。もしその全体という謂いを適用すると、その全体を他から峻別する次元の問題へと我々の視点を移行させる。それは不可知であるし、しかも世界は全体であり、それ以外には何もありはしない筈なのにである。無限後退を余儀なくさせるこの捉え方はだから、そもそもが間違っている。世界の全体とは我々自身の言語に対する不可知、未知領域をさえ表現、定義、規定できるという盲目的な信頼が潜んでいる。
 私たちは言語を通して、何もかもが表現出来るのだ、とまるでありもしないものから、我々が知る由もないものまで(ということは存在し得るかどうかも怪しいということとなる。)表現可能な万能の思考手段として絶えずそれこそ、大脳レヴェルから切り離しては生きてゆけない者として望むと望まぬとに関らず、我々はそういう生を生きて来たのである。
 しかしありもしない物に対する言辞は我々自身の内的不安が捏造した可能条件の提示行為であり、論理展開上の必然性に対する盲目的信頼に過ぎない。また知り得ないものに対して、神や神以外の多くの言辞を与えてきもしたこういった性向は否定すべくもない殆んど核心的な事実であるが、世界とは本来我々自身の知り得る事柄の全体でしかないものなのであった。我々が知り得ないものは、恐らく我々自身の一番よく知っている筈だと思うものにさえ宿っている。(おやおやこの言い方こそ不可知性に対する先験的な認知であるではないか!)兎に角我々は我々自身が知っていると思っているものの中にさえ我々自身の知らないことを見出せるのではないか、という幻想とも確信ともつかないものの中で考えているのだし、また実際そういったことが未知を既知に変えても来た。だが無限の本質的な姿さえ我々には理解し得ないのであり、全体は部分の何物かに関する全体でしかない。世界の全体とは我々が知り得るものの全体でしかない。しかしこの我々の知り得るものの全体とは、単純に我々自身がここからここまで、という風に言い切れるものだろうか?我々は何かを知っている積りであって、実は何も知っていなかったり、何かを知らないと思っていても、ただほんの少しの間忘れていいただけなのかもしれない。それは個人に関しても、人類全体に関してもそうである。個人の中の無意識領域、集団や共同体、いやホモ。サピエンス自体の種の無意識が何かを厳然と認知しながら、表面上は忘れさせていたり、だから我々自身が得意満面と、知り得たと思い込んでいるものにもある日突然我々を未知の奈落にまっさかさまに突き落とす、ということが待っている。だから何かを選択した積りでいても、それは無意識の、あるいは外部環境に対する生理的反応でしかないものを、自分自身の選択、決断と錯覚しているだけなのかも知れないのである。
 すると我々はこうも言える。我々自身が語りえるものと我々自身が語りえぬものとの違いやそれぞれの範疇やら性格をそう安易に我々自身によって判断してよいものなのだろうか、と。自分でも知り得ない部分は自分が一番よく知っている積りになっているものにこそ宿っているかも知れないのなら、我々は我々自身の真の姿を自分では鏡でしか確認出来ないので、我々自身の他者の他者への接し方は、その当の他者から指摘してもらうのが一番よいように、我々の語りえることとは、実際はそうではなく、我々が語り得ないと思っているものも、そう思い込んでいる(決め込んでいる)だけで、実際は案外容易いものなのかも知れない。だが我々は個人の事項なら他者へ意見を求められるが、人類全体に関してはそれ以外の意見を聞きようがない。神とはだから人間が作り出した他者なのかも知れない。また他者が言うことが絶対ではないように、我々は他者の意見を拝聴すべき領域とそうではなく、自身の自身だけによる裁量で判断すべき領域の判断さえ実はよくは把握していないのである。だからもっと相談してくれればよかったのに、とか、そんなことは自分で判断しろ、とか言うのである。また人類全体の批評家やら人類全体の相談役の不在が我々を絶え間のない孤独へと突き落とす。猫ででもいい。我々の行く末に何か語りかけてくれさえさえしたならば、とそう思う。我々は動物の目を見て語りかけるものに何らかの感情を読み取ることを自己の能力として期待するのみである。しかし言語で返してくれる存在への希求が地球外生命物の存在への期待となっている。
 自己をその行為の正当性として理解して欲しい、ということは他者に対する我々皆が自己の偽わらざる心理として受け入れている。それが人類という一束になったとしても同じである。人類が未知の高等生命体を希求することは極自然のことである。そればかりではない。我々自身いつ何時自己の中での形容不能な出来事、体験に見舞われるか、それは誰にもわからない。そういった事柄に遭遇した時に我々は他者を、自己の立たされた立場を理解してもらう為にそういう異常体験を伝達する為の対象として選ぶ。なぜなら異常体験においては我々は皆意味の横溢に押し潰されそうになっていることが多く、概念の不毛を感じることの方が多い。するとその不安を少しでも紛らわせるための親愛なる他者の共感を欲するのである。
 伝達したいこと、表現したいこととは、伝達されたり、表現されたりする当の事柄の意味である。そいった意味の充満がさほどない時には我々は概念の持っている実効性やらその形式的秩序に感謝しこそすれ、不満に思ったりはしはしない。我々は円滑になされる日常的コミュニケーションにおいて伝達したいこと、表現したいことよりも概念の方がその数において勝っていると思えるからだ。我々はだからそういう日常的平常時には、概念提示的オースティンの言葉を借りればコンスタティヴな述定において、言語活動の効力に無限の可能性を感じるわけである。(伝達・表現したいこと=意味)÷(概念)の数値がプラスになれば、我々はさほど伝えたいことがない心的状態か、表現する際に武器となる語彙数の不足を自己に感じることのない、所謂教育レヴェルに関しても過不足のない環境において、概念に対する信頼に充たされた心的状態であろう。しかしその数値がマイナスになれば、その時我々は知り得る概念の数の少なさをある一定レヴェルの教養に達していない、と自己を捉えるか、さもなくば、あまりにも伝達したいことの意味が横溢し過ぎて、ある種の特殊体験において動揺を隠し切れずにいるものだから、きちんと伝えられない、適切な言葉を見つけることが出来ない、ということであろう。その心的状態は前者には羞恥が伴い、後者には狼狽が伴い、いずれにせよ我々はそこに一抹の不安を感じる。それはある種極端に言えば社会から疎外されたような心的状態とも言える。しかし極一般的には殆んどの日常的な取るに足らない経験ではどんなに強烈でも、ある興奮状態から覚めてゆくにつれ、徐々に冷静さを取り戻し、他者へその時のことを説明しながら伝えるべく適切な概念を引き出せるようになるわけであるが、それもその時は不在の現前化であるわけだから、体験の意味そのものは対象化される余裕があり、記憶像の整理もつくようになってきている、というわけである。
 我々が行為を選択する時、選択した、と意識してそうする場合と半ば無意識に殆んど条件反射的にそうするのとでは意味が違う。前者は随意でありながら不随意に近く、後者はそうしようという行為の選択そのものが意味なのだから。何かを伝えたいということで伝える場合もこれにあたる。例えば異常体験を語り伝えるということはそれを語ることが、経験した出来事の意味を伝えることであり(不在の現前化)、意識的な意味伝達的コミュニケーションである。だから逆に嘘をつくこと、偽装することもそれがどんなに手馴れた反射的行為であっても、真意を伝えることに比べれば明らかに作為的で、意識的(意識するということは、それがモラル上本当は背信的行為である、と承知なのだから、良心を保有している、ということに論理的にそうなるのである。)、自覚的な行為である。

Sunday, December 6, 2009

C翻弄論 7、 いい意味でのいい加減さ

 人間は重大なことについて拒否し、賛同の意を表明するが、それ以外のことは打っちゃって置く(政治に対する一般民間人の意識が拒否するべき重大な事項以外のことでなら、マスメディアの垂れ流す膨大な情報量において最も頻繁に流布されたメッセージを疑うということの重要性を知りつつ、一応目に留めておき、かつそれを闇雲に拒否することは浪費的な意味合いしか見出せないから回避する)。そこでは贔屓感情から嫌いになれないというそれだけの理由で、絶対的に否定すべきものでない限り受容してしまい、他の人間よりも味方をしようと思うという意志決定というものは拒否回避からなされるのだ、ということは人間社会においてのみ固有の現象ではない、ということも示唆しておこう。(拒否すべき時以外は拒否をせぬよう心掛けるのは人間だけではないのだ。)
 日常における一回一回の些細な決断にあまりにも時間をかけ過ぎて、また必要以上に厳密さを求めることは間違いを回避させることには寧ろ繋がらず、逆にデメリットの方が大きい。
 地質学者のアンドルー・H・ノールは自著の「生命最初の30億年」において次のように語っている。
「RNA(およびのちに登場するDNA)の複製エラーが高すぎると、せっかく成功した変異体もその後の世代に長く残れない。反対に低すぎると、進化が続かない。このように現実のエラーが「ちょうどいい」のは驚くべき偶然に見えるかも知れないが、そうではない_分子レベルの自然選択の結果なのだ。中途半端ないい加減さが、進化には有利なのである。」(同著119ページより)
 この原則は人間社会にも全く適用し得る認識である。仮に今あるプロジェクトを任された人間がトップリーダーとして要求される人間的な資質とは鷹揚さであろう。勿論肝心要の時には潔い決断力が求められるが、そういった判断を成立させるものは日常的にはあまり些細な事項に対して神経質にならずに厳密さを求めない、つまり事の成り行きをある程度余裕をもって静観出来る、それでいて部下や事業そのものが苦境に陥った時には適切な判断やアドヴァイスや修正が出来る能力であり、些細な失敗や事業自体の滞りにその都度部下に対して厳しい処置を施したりするような神経質さは寧ろ回避すべき性向であろう。
 K泉J民党圧勝はK泉前首相の人間的な魅力が最大の要因であった、ということは間違いない。「J民党をこのK泉がぶっ壊す。」と言って演説したことが大衆を魅了したということである。これを「J民党を私が崩壊へと導く。」というような言辞で大衆に問い掛けたら、恐らくあの時のようには大衆を魅了しなかったであろう。首相本人は「マスメディアが<ワンフレーズ・ポリティックス>と勝手に決め付け、印象的な一言のみを繰り返し報道しているだけだ。」というようなことを国会で発言していたが、それは戦略的な言辞であり、首相本人は最大限にマスメディアが嬉しがるフレーズを多用して巧みにマスメディアを利用した(いい意味でも悪い意味でも)とは言えるだろう(それゆえ今回のM主党による政権交代はマスコミ主導型の振り子現象的な日本型性悪排除的民主政治理想によるものであるとも言える。その際にK泉時代に後退した勢力による巻き返しにしか過ぎない。しかしその問題は置いておこう)。だがこの選挙演説として魅力的な言辞あるいは語彙選択というものとは一体何なのだろうか?
 一般にスローガンを政治家や経営者が述べる時、その際にどうしても必要となってくる専門用語ははずせないとしても、それ以外では出来る限り簡素なイメージで主張する方が説得力がある。それにはまず皆が知っている単語、動詞であるなら熟語となった単語以外に発話においてメッセージを伝達し得るのに有効な訓読みに出来る和動詞があれば、それを使用するということが挙げられる。英語で言えばラテン語系列の動詞ではなく、英語独自の動詞(及び動詞句)を使用するというものである。あのケネディーの演説の時のように。Do not ask what your country can do for you. Ask what you can do for your country.
 そういう配慮においてK泉前首相の「ぶっ壊す」という響きはあの時には有効に機能したと言えよう。しかし一方で大衆的な週刊誌やスポーツ新聞等による四文字熟語や二文字複合名詞、動詞の多くの発明もまた非インテリ階級的なパワー主張において有効に民間の活力を漲らせている。例えば卑属な例で言えば「激撮」、「乱倫」、「爆乳」といったかつてはなかった単語が次々と使用され日常化してきた。こういった工夫とは一線を分かつように思われる政治家のスローガンは出来る限りあらゆる職業層、年齢層にアピールしなければならない。だから一方でサブカルチャーが隆盛を極める反面それを反面教師として認識する知識人や常識人もまた多数いる、しかし彼らとて決してそういう民間のパワー炸裂に対して歯止めをする力も権利もないという奇妙な同居性。これが日本を始めアメリカやヨーロッパの実像ではないだろうか?そこにはメディアのどうしようもなさ、歯止めの利かなさがある。
 辞書項目的な堅い熟語や動詞を回避させながら弁舌し得る力量はある一定量のカリスマ性が要求されるということもまた現実である。K泉前首相の巧みさは自分の名前をスローガンに極自然に挿入した、ということではなかったろうか?自分で自分を名指すことで達成される効果を熟知していたとしか言いようがない。それが効果的であったことは、名前の認知度を高めることとは言えまさにそれを語る語り口の軽妙さ(語り方その他のイメージの恰好よさ)にも起因している。
 我々が認知度の高い政治家に惹かれるということはマスメディアの流す情報を鵜呑みにするわけではないにせよ、一定量の信頼もまた絶対的に持っているということである。現代のような情報化社会では情報をシャットアウトすることだけは回避したいという現代人固有の状況性がある。よって必然的にマスメディアの露出度の大きい政治家を支持しやすいという構図が出来上がる。またマスメディア自体が一般的な有権者の贔屓心をくすぐるような予め大衆が喜ぶ、期待する内容の情報をのみクローズアップして、それを反復して映像を放映する傾向もある。これは劇場型社会特有の有権者と政治家が一体化してシナジーを作るという現象である。ある商品が何度となくCFで放映され、その商品に対する日常的な認知度というレヴェルで既成事実化され、関心を持つように仕向けられるし、その反復的な放映自体が我々自身のニーズをある程度反映するから、その商品に対する消費者一般の関心事であるかのようなイメージが作られてゆく。それはまさに我々自身が作り出す期待感が無意識に反映されているのである。それは意識的な関心の反映ではないのにもかかわらず、潜在的な欲望を正規のニーズの如く信じさせる効果を映像の反復が醸成するのである。
 我々がしかし経験的に政治が各種の利権性と無関係ではなかったということを知るように、ある商品が矢鱈と売れると、消費者が沢山特定の企業の商品を好んで買うことが特定の産業や特定の流行最前線のアイテムに付帯する利権を増大させ、莫大なる利益を導くのだ、ということを既に敏感に理解出来るような意味で、我々はある種の警戒感もまた常に介在させてもいるのだ。
 ここで言う政治が利権と結び付くということは仮に特定の法人組織に密着した属議員でなくても事情は同じである。例えば政治家個人の名声、彼を取り巻く権力構造といったものである。ある商品への関心が我々の需要によって形成されるような既成事実が同時に特定の産業や企業へと莫大な利益を齎すことを知っているように、特定の政治家への贔屓が、その政治家への権力を集中させることを我々は充分自覚すべきであろう。だからこそ時として贔屓心を鬼にして投票するべき候補を選択すべき時もあるということである。
 商品を買う場合はその商品が有用である限り買った商品を使用すれば一応願いは叶う。しかし投票した政治家が当選するが、したとしても選挙公約を順守するか、仮にそうしたとしても他の政敵との抗争に打ち勝ってゆけるかとか、公約を果たし得るかとかは丁度競馬や競輪の結果同様未知数である。そこで商品を買う場合よりも選挙で投票することはギャンブル性が濃いこととなる。にもかかわらずそれをギャンブルではない(真面目な事)と社会は触れ込むわけだ。
 実際上ビジネスに忙殺される一般人にとって政治は劇場であることが望ましくもあり、また我々自身によって運営されているものというよりは日本人の場合は議員に対して我々が国民全員の意思において代表者へと委託しているという意識の方が強い(これは民主主義の本場アメリカでも事情は変わらないであろう)。そういう意識において滞りなく運営されて欲しいと願う気持ちから一応現状において認知度の高くイメージだけでも公約を守れると思われる候補に一票を入れれば間違いはないというステレオタイプな判断をして、多くの有権者の投票によって選出されるであろうという目算から確かな支持を取り付ける能力のある政治家を当選させることが合理的に適ったこととなる。そこで当選した候補が活躍することを国会中継等を通して皆で見守ることが可能となる。事実そのような候補は何回かの当選で今まで国民の期待に答えてきてもいるのだ。だからそのような候補は必然的にマスメディアの注目を浴びるようになり、我々はそのマスメディアの作る情報をある程度信頼しているから、その候補を投票するようになるのだ。丁度映画館で大勢の観客の一人として鑑賞したり、また競馬場で馬券を買い自分の推す馬が勝利することを願って観戦するようなものなのである。自分の生活に直結し得る部分も大きい政治であるが、政治以上に生活に直結し得る要素を他に多く見出し得る我々にとって我々の国民性からは政治には生活必需性以外の祭り意識を託しがちであるとも言えよう。当選しそうな候補に投票することで当選した暁には公約の政策を実施してくれることから自分の買った馬券の当の馬が優勝してくれることと同一の心理で劇場を楽しむことが出来る。ここで人気のある政治家に投票することが行為目的論的に合理化される。それは全く心理的にはよく売れる商品を購入するケースと同一のものである。勿論事実としては政治と買う商品の生活レヴェルへの影響は異なっている。にもかかわらずその差を認識するくらいに切実に関心事として規定しようという意識が概して日本人は希薄である。政治が経済を動かすという側面よりも経済が政治を動かすという側面の方を信じているとも言える。これは実は両方言えることではあるのだが、そういう思考回路があるということである。護送船団方式の名残ということもあるかも知れないが、もっと根の深い心理形成プロセスの相違が西欧社会と日本の間には横たわっているとも言えよう(このことはこれ以上ここでは触れない)。
 しかし見かけ上は(実はこの見かけは本質規定的な部分よりも現代社会では重要であると思われるが)国会中継が頻繁に放映され、劇場を見るような感覚で我々は政治を観戦するのである。自分の買った馬券の馬を応援する心理と同一の贔屓感情を劇場で頻繁に登場する政治家に託す。だからこそ人気のある政治家に投票することは行為目的論的に合理化される理由となる。こういった行為選択は可能性論的に言えば積極的選択である。全体の政治力学的バランスを慮って批評的に投票するタイプは選択性に関しては消極的な選択基準であるから、当然のことながらこの種のタイプの人は政治自体に懐疑的であり、と言ってノンポリにもなり切れないときている。しかしこのタイプは政治参加意識においては、人気のある政治家を自動的に投票するタイプよりはアクティヴかつ積極的であるとも言える。要するに政治性成果予測主義であり、この場合の消極的な選択基準とは同時にモティヴェーション的には積極的であるとも言えるのである。
 だがそういう選択基準を持つ個人は稀ではなかったろうか、あの200X年夏の総選挙においては。あるいは今回の政権交代においても尚。あの時には明らかに脆弱な「個」による群集心理、同一の競馬場で競馬を観戦して、同一の劇場で芝居を鑑賞する観客の要素のある心理が感じられたのである。こういった場ではどの位大勢の人間が自分と同一の立場にあるか、その運命共同体性が重要となるのである。誰も見ない芝居や試合は見ていて興奮度は低い。そこで尚人気ある政治家(あるいは皆が今回では正当であると思われる議員に相応しい人)に投票しようというモティヴェーションは選択基準としては(政治参加主義的にではなく)アクティヴな意味合いを生じるのだ。ではこの群集心理はどういうケースにおいて発現され得るのであろうか?
 デイトレーダーの場合をちょっと考えてみよう。
 選挙の場合当選した候補が不適切な政治をする場合、その損失を被るのは社会全体である。それに対してデイトレーダーが経験する損失は自己にのみ限られており、勿論そういう自分と同様の立場の人間もいるであろうが、そういう他者の経験は取り敢えず大した問題ではないだろう。というのも全ては自己責任に帰せられるからである。そして彼の損失は社会の中では誰か彼本人とは何のかかわりもない一群の人々の利益となるからだ。選挙の場合、ある候補者が当選してその人物の行う政治は社会全体が当選した候補以外の候補を投票した有権者をも含めて連帯的に損失を被る。尤も既得権益者であり、特定の特殊法人に恩恵があり、そういう立場に有利なこととなる政治的展開を当選した候補者が為した場合以外はであるが。つまり選挙の場合は明らかに無名で全く人気のない候補に投票してその人が落選した場合を除いて、ある人気ある候補が当選してその候補のその後の活躍を期待する中で被る政治的展開による恩恵も損失も皆同じ候補を応援した人ばかりか(同じ候補を応援した人々とはその応援した時点からであるが)そうではない人も含めその候補の政治によって生活に影響が出る全ての人々にとって長期的な運命共同体の享受となり得るのである。そしてそれは皆が共通して知っている事実である。しかしデイトレーダーたちが仮に皆年に一回ある株主総会に出席するとしても尚日々移り変わる株価相場において売り買いだけで生活しているわけだから(それに加えて信用取引をしているなら尚更)、必然的に永続的に一社の株だけについて他の株主と運命を共有しているわけではない。いつでも自己裁量的に売り買いは自由であり、あらゆる判断は個人の裁量に委ねられている。一回の選挙があるだけで、選択はその時だけしかない政治とはそこが違う。その意味では純粋に馬券を買って観戦する競馬の観客と同様である。しかしそれでいて競馬のファンとも異なるところは一つの競争結果となるわけではないところである。勿論競馬の場合も大穴を当てる者とそうでない者の間での損得の差はあろう。しかしデイトレーダーは競馬の勝敗のように同一の結果において右往左往するようなものとも違う。何故ならある株をその時に売るか買うかというようなこととか何時にするかということ自体も自由なのだし、また一律にこうすれば儲かり、こうすれば損失となるというような図式は全くないからである。個人毎に異なった株の数(馬券でもそのことは同じであるが)、将来への展望があり、証券市場での株の変動とは損得においても決心においても一律の結果では決してない。一回の競馬で全てが決するギャンブルとはそこが違う。毎日がレースであるし、必ずしもレースに参加する日時は決まり事などなく個人毎に異なっているのだから。
 つまり要約すれば選挙の場合、自己の願望の実現可能性が選択においては自己以外の圧倒的他者の存在が必要であるのに対してデイトレーダーの場合は株保有が自己選択にのみ全てが委ねられ、他者による選択は自己の利益自体とは一切かかわりがない、勿論狼狽売りをして損失が自己保有株に出る場合はあるが、それとて最初から想定された展開のある一つの可能性であったに過ぎない。だから逆にその好例であるLDショックの際の狼狽売りに関しては想定されていたとは言え、一時的にでも証券市場に多大の影響を及ぼしたこと自体のLD側の責任如何を問わず、狼狽売りに走った多くの非関連株保有者の心理には驚くべきものがある。日本人のある種の主体性のなさ、圧倒的他者の選択に追従する群集心理を物語っている。それは200X年夏の総選挙のメンタリティーと何のかわりもない。恐らく米国では選挙においてさえ、自己信念にそぐわない候補に人気とメディア露出度からだけの判定で候補者を選ぶというようなことは極めて少ないのではなかろうか?あるいは米国でも同様の現象が見られるとしたら、それはそれで実に興味深いことではあるが。大統領選挙にはそのような祭り意識が濃厚である(オバマ旋風とその後の支持率下落にもそれは伺える)。
 政治投票行動とはある意味では祭り参加意識が濃厚である。この祭り意識とは一面では反省意識からの解放という心理状態の転換が考えられる。劇場鑑賞自体に反省意識は少ない。ある意味で人生自体は自己選択の連続であるから、逆にその自己選択意志は、「人生全体を左右する命題的態度による行動規範は合理的である」というような意味では必要であるものの、それとは別個に我々にはどこか合理的な説明が自分でつけられないような非合理的な自己欲求が横たわっていることにも直面しなければならない。つまり人生全体にかかわるようなそういう重大な決心の構造からの一時の憩いを政治に求める心理は我々にはあるのだ。これは重大なる自己選択に対する待機状態の保有であるとも捉えられるのだ。自己選択に対する待機であるなら、何もそれほど重大な決心は必要とされないが故にその場合はなしてもよい行動とは他者追従型の意志発現ということとなる。人間にとって重大な決心には一定量の反省意識を必要とし、そういった際の反省意識の持続は多大のストレスとエネルギー・ロスを来たすこととなる。デイトレーダーの日常的な意識はこの自己選択意志、極端なる自由意志オンリーの状態であるから、政治において祭りの憩い(それは関心集中型の憩いであるが)とは対極にある意識状態である。それで生活全てがかかっているし、大きな負債を一瞬で背負い込むことにもなりかねないからである。人間にはこういった極限の心理の持続をどのような安穏とした生活態度の人間でさえ経験せずに生き続けることは不可能であるから、逆に否定するに値するほど重大ではない、あるいはある程度懸念(ある候補を当選させたらこれこれこういう風になるかも知れないというような)があっても重大な展開にはならないだろうという場合には、「後に軌道修正し得るであろう」という思いも手伝ってそういうものに対する選択は一応受容しておいても構わないという行為選択を無意識に採るものなのだ。もしそういった無意識的な選択時の心理状態を全く排除して全ての行為選択に関して因果論的にこれをこうすればこうなるという風に想定しながらなすとすれば何の行為も選択することは出来なくなるであろう。それが極端になると、将来への不安(あのサルトルが「存在と無」で示したような意味での)だけが増大し、決心というものが一切つかなくなり行為選択が全く不可能となり生存さえ危うくなる。その意味では出来る限り損失を少なくしながら無意識に行為選択しつつ、時として重要な行為選択を持続的な未来予測と展望の下になすためのエネルギーを蓄えておこうという日常的なスタンスこそが最も標準の考え方であろうと思われる。というのも人生の瞬間はどの瞬間も大切であるが、重大な行為決断の瞬間のために日頃の全ての瞬間が捧げられるのであれば尚のこと、その重大な瞬間以外は無意識であるが有効に作用する選択を我々は知らず知らずの内に為している筈である。まさに「しても間違いはない、悪い結果を齎す心配はないからなす行為」であり、「仮に最大の成果があがらなくても、軌道修正が可能だろうから一か八か賭けてみる」選択である。これが一切なく意識的な自己自由意志による行為選択の長期的持続というような日常はデイトレーダーたちでさえ耐え切れまい。どんな緊張を持続的に強いる業務でさえ、その中では緊張から解放される瞬間を常に挿入している筈である。要するにノール(考古学者)の言うような意味で、中途半端ないい加減さが全体論的な充実を齎すということなのである。

Friday, December 4, 2009

B動詞と名詞 10、<想像>

 想像は可能性への信頼の中で理解出来る在り方(可能性)の一つであり、蓋然性の高いものから順にイメージは明確になる。そしてそれが蓋然性の高いものこそが行為の正当性を「信じる」ことを促す。だから想像は決心を促す作用を持っている。想像は過去想起の映像記憶像(動的)を基本とした記憶創造だから、例えば未来に起こり得る事柄は想起の中でも確固たる信頼を持った過去データに依拠したものであるなら、より動的イメージが明確なものほど反復されたり(成功体験)、回避したり(挫折体験)する蓋然性が高くなる、という風に理解することが出来る。そのような理解が次に取るべき行為の決心を醸成する。決心とは行為によって齎される結果に対する確信(限りなく「信じる」に近い理解)が喚起する。
 想像することとは想像し得る可能性として起こり得ることを理解出来るということ、起こり得る可能性に対する理解、つまりそうではない起こり得ないことではない、という確信である。蓋然性の高いことにおいて収斂された値であり、像である。像の現出には一定量の経験が必要である。
 想像することは自己の記憶の確かさへの信頼度に比例して克明さを増す。想起が及ぼす想像への影響力を真摯に受けとめるということである。経験から引き出される真理値への依拠は経験と伝統的な、あるいは文化規定的なコードとかラング(ソシュール用語)への信頼から形成される。つまり記憶事項の想起と蓋然的判断の連合による構築、しかもそれに対する信頼度を経験的知、経験的判断として照応して為される構築なのである。
 人間は無意識の想像の方に寧ろ無秩序な観念連合が見受けられる(レム睡眠中の夢、白日夢等)。しかし通常の想像はどのようなインモラルなものでさえ現実のラングの強制力に左右されている。実際にインモラルであると捉える自らの妄想としての裁定そのものがラング的常套性への依拠なのだから(それは民族的なコードにも依拠した文化の強制力が個々の言語共同体毎に存在する。その点ではサピアやウオーフ等の考えは見るべき所が多い。)、そういった覚醒中の想像は限定された観念連合になる。(後は各生理学的メカニズムに関する限り大脳生理学者、神経学者各位にお任せする。)
 限定されない観念連合、つまり閃きはは一般の人間には覚醒時には滅多にない。睡眠に赴くことも覚醒の断念であり、「睡眠」という行為選択の決心の後に為される。
 決心の後に行為がすぐ来るが、行為は決心と同時になされることを持って意志(前頭葉)を生じさせる。想像とは主体性を「信じる」ことを前提しているのである。ある意味では対自的な自己認識から喚起されるような脳内現象である。自我は想像出来ない主体(存在者)には存在し得ない。想像の際に引用される想起は想像されたものを思念上で「理解する」為に用いられる。記憶が思考のために利用されるのだ。
 想起は現象論的には記憶による実在認識に限定されたある実在ラインに沿ったものだが、想像はあらゆる過去時の、つまり近い過去時の生々しい具体映像、いつであったかは既に忘却した潜在的過去映像の綯い交ぜとなった実在確信ラインに沿うものでない自由な選択素材の組み合わせによる観念及び映像連合のコラージュである。
 夢は主体性を前提してはいない。覚醒していないのだから現実知覚が欠如し、それと同時進行する想像とは自ずと異なる。それは主体性の欠如した観念映像連合である。エスとかイドとフロイトが呼んだものに支配されている。

Thursday, December 3, 2009

A言語のメカニズム 16、受容、理解、知覚

 私たちが話し好きな早口の人の話を聴く場合そのスピードについてゆくのに精一杯であり、それは恐らくインターネットの画像や文字情報を次から次へとクリックしてゆく時の心的状態に近い。目まぐるしく場面が切り替わるアクション映画のシーンを見ている時に近い。知覚の能力テストを受けているような状態である。心理的にそうであるのだから、生理学的にもゆっくりとした動作や静止画像をただ眺めている時とは異なってくる。しかしきびきびとした知覚体験もまた受容のシステムである。しかも絶え間なく立ち現れる画像や矢継ぎ早の会話、目まぐるしくカットバックを反復する映像に対する知覚などの全てはその速さに対する対応において受容である以外の何物でもない。そしてそれは瞬時の理解を履行する行為でもあり、ここに受容と理解(理解せねば受容出来はしない。)そして知覚の3元的な連動性が認められる。瞬時の知覚は錯覚も含めて明らかに理解である。「あっ、あそこに車が駐車している。」という瞬時の判断が次の知覚(目の移動)を可能にする。しかし何か一瞬でも得体の知れぬ物体や現象に出会うと、知覚は瞬時の判断を躊躇し、「あれは一体何だろう?」と思惟の段階へと突入する。その切り替えには何か大脳に刺激を与える効果があるだろう。だからさっきまで何か褒美でも貰って喜びの表情を示していた人間が悲しい知らせを聞いて瞬時に表情を曇らせる時、中枢神経たる脳内から感覚を感覚させるべく指令を出された効果器たる表情筋は弛緩状態から一気に緊張状態へと突入する。その時の衝撃は受容器(皮膚)(感覚を効果器へと伝える)と効果器(筋肉)との連動作用自体が再び脳へ事後報告的にその衝撃を伝える筈だから、脳は末梢神経の反応性に対して稟議書にハンコウを押したり、サインする上司のように確認(滞りなく感覚を伝え、感覚させてくれたな、と)し、それを記憶させるのではなかろうか?
例えば言語においてすべてが名詞だけであったり、動詞だけであったら、何らかの事態を出来事として、エピソードとしては記憶出来ないのではあるまいか?つまり名詞と動詞といった全然違う機能を有する二つの品詞が相互に作用し合うことで初めて事態とか事象とかが、ありありと表現されるわけであって、だからこそ、彼の動き、とか狼狽させた、とかの物言いは名詞的連続である。狼狽は名詞だし「驚いた」よりも「狼狽した」は動名詞的である。狼狽した、と狼狽させた(狼狽させられた)、とでは主観的、客観的ということの違いもあるし、そうなるとあの例証での二つの文章の前者と後者とでは前者には具体的な再現前化の配慮があり、動詞と名詞の交互に現れる運動性があるのに対し、後者では動きという所謂概念性の連続(~の、~のという繰り返しは名詞的連続だが、概念性の連続、つまり階層的事実の羅列である。)で、具体性に欠け、抽象性に埋没しているのである。後者の文章の方が圧倒的に印象には残らない。ありありと情景が思い浮かばない。事後報告文、始末書的である。
 兎に角言語活動においては何らかの伝達事項の連続であるわけだから、その中で意識的に変化をつけ、品詞毎の性格に沿った多品詞(名詞、動詞、形容詞、副詞、助詞)の相互連関を施されることによって運動性、遠近感、立体感が文章に生じ記憶に何らかの揺さぶりをかけ、その働きを活性化するのではなかろうか?ただ同一機能の品詞、表現を連綿と羅列するだけでは運動性も変化もなく記憶には揺さ振りはかけられない。切り替え、スイッチングオン、オフの反復が大切なのである。音楽でも変化に富んだメロディーと抑揚、リズムが断続的に時間を刻むから印象に残るのであって、ただ抑揚もメロディーもない長音が切れ目なくずっと連続するならただの騒音である。
 ちょっと先に述べた健忘症のことについて考えてみよう。
 数学の歴史はギリシャやアラブにおいて大きな発展を見、更に中世から近代へと発展し、その技巧的な難解さは例えば物理学との関連で言えばガリレイやニュートンの方程式とか相対論とかである程度そのピークは迎え、少なくともアインシュタインの登場を待つまでは、カントル、ポアンカレ、フレーゲ、ペアノ等の数学は性格的にはそれ以前の数学者や哲学者たちが全て承知のこととしてそれ以上のことを追求しているかの如く考えているのにもかかわらず、実際は本質的なことを何も理解していなかった、寧ろ彼ら(前記4人)が発見した概念を履修したのちに展開すべきことを実際上はそれをすっ飛ばしてやっていたのだ、ということを後の時代の人々に理解させることとなった。つまり事の本質にまで追究の手が届いたのは彼らを待ってであったということである。とりわけポアンカレの位相幾何学は無意識の領域で我々が捉えているにもかかわらず、我々がある障害のために(それこそが意識というものが形作る常識とか常套的理解というものである。)すっかり忘れている捉え方をもう一度復権させるような行為に近い。ポアンカレの幾何学は所謂幾何学の集合論であり、知覚的、認識論的深層意識の本質論である。
 さて英語は一般に無意識に忠実であり、日本語は意識に忠実である、と言われる。日本語において話者が伝達する内容に対していちいち主語である自分を「私は」とか「僕は」とかを言わないで済ます了解事項に対する省略はしかし英語では必ずしも明確に発音しないものの完全に脱落されることはない。S→V→Oはあくまでも切り崩せない。(感嘆文では語順は変るが構造的変化ではない。)
 無意識がどのようなものであるかを論じだすとそれだけ一冊の本が出来上がってしまうのでここではその無意識が記憶という領域では明確であり、にもかかわらず我々自身の意識が障害となって忘れているように錯覚しているだけである、という論点を機軸にのちの問題を考えてみよう。
 健忘症において「あれ何だっけ?あの動かすやつ。」とか言ってその語彙を忘れる場合それは大抵名詞、しかも特殊な事物であったり、滅多に話者が接していないものか、いつも接しているのにその話者にとって日頃言い難いと思っている言い回しのものか、固有名詞であるか、といったことが大半であろう。少なくとも空、海、橋、木、山とかの基本的名詞を忘れることがあったら、健忘症というよりも失語症とかアルツハイマー病の疑いがあるかも知れないから一度診てもらった方がよいかも知れない。ともあれそういった基本名詞以外の名詞でなければ、複合動詞である場合が大半である、と思われる。まさか「食べる」とか「歩く」とか「寝る」とかの動詞を忘れるとしたらこれも同様診察て貰う必要があろう。「切り込む」「駆り立てる」「封じ込める」「畳み掛ける」とかの複合動詞であるならちょっと直ぐに出て来ないことは大いにあり得る。しかもそれら同様に重要なのは、品詞そのものを忘れても文法とか語順とか所謂統辞、統語に関してまで忘れることは殆んどない、と言ってよい。「あの、あれが、あれして、ああなった。」と言ってもこれは決して語順とか統辞的には秩序を失ってはいない。
 ということは我々はある意味では海馬記憶とは異なる慣用的な、それは身体運動とか知覚判断と大差のない極々基本的な学習記憶は健忘症などによって忘れられる項目とは別個の特殊な記憶、一段階層的には上位に属する事項ということになる。それは条件反射的記憶、熱い物に手を触れると即座に手を引っ込める行為を成立させる記憶とも関連性のある記憶ということも考えられる。

 前章では表情のことに触れたが記憶ということで言えば表情というものを成立せしめているものの正体とは一体何なのだろうか?表情を作る時、我々は意識的にそういう筋肉(表情筋という効果器)の所作を持たない。嬉しい時は顔を綻ばせ、悲しい時は眉を中央に引き寄せる。また怒っている時は眉を吊り上げ顔を顰める。このような所作は記憶に基づくものなのだろうか?言語のように慣用的なものともまた異なっているようにも思われる。
 表情と言えばダーウィンが「人及び動物の表情について」(「人間と動物における情動の表出」としている本もある。)という本を発表していることでも知られている。小川眞理子は自著「甦るダーウィン、進化論という物語」(岩波書店刊)というダーウィンに関する本格的論文で、次のように述べている。

ダーウィンは情動が身体上にいかに表現されるかに関心をもったが、デカルトはそのような外観上の変化を区別することに消極的で、どのような情念でも目や顔の動きに表れるが、それらを明確に区別することは難しいとしている。彼は外観の変化よりも、さまざまな情念に伴う、呼吸、そしてとくに血液や精気と心臓の働きとに注目していた。すなわち彼の関心は、身体的機能であり生理学的な方向へ向かっていた。(86ページより)

この部分から察すると、明らかにデカルトは人間の感情が複雑であり、必ずしも喜怒哀楽という風に単純には区別出来ない、という哲学者らしい深い洞察力を持っていたことになる。しかも我々は表情を示す相手を見計らって悲しいのにそれを隠したり、怒っているのにそれを抑えたり、所謂偽装表情すらも日常的に用意している。だからデカルトの言うように呼吸や血流、心臓の鼓動とかの方が真実の感情を推し量るバロメーターなのかも知れない。しかし一人でいる時にまで偽装表情を取り繕う人間はそうはいまい。すると我々は例えばテレビのお笑い番組とかで大声を立てて笑ったりする時の表情をいちいち考えて作っているわけではなく、知らん間にそういう表情となっている、ということはDNAレヴェルからある感情の時にはこれこれこういう筋肉の弛緩仕方、引き攣らせ方という風に指令が出ているという風に捉えても間違いではあるまい。そして勿論その時デカルトの言うように呼吸、血流、鼓動などはその時その時で異なった状態にあるであろうことも間違いない。
 ある感情の性質に対応した受容器たる皮膚と効果器たる筋肉を通したサインを示すことを実行に移させる、つまり表現型(phenotype)を最初に制御するのはDNAであるが、我々の種人間に固有な遺伝子は決定されているが、その遺伝子がどういう風に配置されているかは各個人で固有である。ヒトに固有のエクソン(各個別に離れたこれらを繋ぎ合わせる過程をスプライシング、選択的スプライシングと呼ぶ。)をイントロンが取り囲んでいるがそのイントロンの取り囲み方は各自異なっており、それは人間の個性を形作る要因とも考えられる。あるいは一塩基多型と呼ばれる両親から一つずつニ種類のゲノムコピーを受け継いでいるが、そのコピーの99.9%まで同じなのに残り0.1%ので、二つのコピーと異なっている部分、言わば変異があり、これこそが我々の個性を形作っているとも考えられる。最も個性というものもヒト全個体に固有な部分と家族毎に固有な部分と個人で固有な部分との絶妙なバランスによって決定されているのであろう。
 しかしDNAは確かにある種の表現型を示させるべく発現させるが、その表現型以降の全ての作用は翻訳を行われた時点で取り次ぎをするメッセンジャーRNAに委ねながら自身はもうそれ以上の干渉はすまい、と決め込む。これをアンフィンゼン・ドグマと言う。メッセンジャーRNAの遺伝情報がリボソーム上のポリペプチド鎖合成を特定し、指令を出す。ポリペプチド鎖合成は、開始、延長、終止からなる。その終止の段階で登場するのが終止コドンである。この一連の過程を翻訳というのであるが、DNAにおいて予め決定された部分からアンフィンゼン・ドグマによって引き継がれた表現型が変化する度合いを表現度と言う。表現度は遺伝子と外部環境的相関性によって決まるが、恐らく一つの指令を出す幾つもの遺伝子群における相互の作用や個体におけ自己決定のシステムによって偽装したり、色々の別種の感情を交差させることから一対一対応としての遺伝子と表現型の在り方は意外と少なく、多義的な感情を表現するための対策としては多対多という発現される遺伝子の多様と表現度の高い引継ぎ方が常套化されているいに違いない。
 ダーウィンも偉大であったがデカルトも偉大であった、と改めて感じざるを得ないわけだが、兎に角表情がいわゆる海馬記憶などとは全く異なったシステムによる表現型であることは確かである。そしてそれは身体記憶(あのメルロ・ポンティーも指摘した幻影肢のようなもの)とも明らかに違う。パブロフの条件反射にもどこかでは近接しているのに違いない。
 さてここからが大事である。表情を形作るものが身体生理学的な慣用システムに依存するかどうかは本職の生理学者に任せることとして本論で大事なのはこの先である。
 何か褒美を貰ったとか、婚約したとかの楽しい思いに捕らわれている時に急な知らせ(肉親の死とかの)が入って今までの楽しい気分が吹っ飛び急に感情も表情も切り替わりある種カタストロフィックな内的外的状況に陥った時、人は皆何らかの急激な変化(心理的、生理的な)によって大脳を刺激され、今迄忘れていたことさえもが鮮やかに甦ってくることがある。私も電話で母から父が癌であと余命幾ばくもないことを医師から宣告されたことを告げられた時には一遍に普段忘れかけていた父との幼い頃の思い出までもが一気に甦ってきた経験がある。人間は死ぬ時には走馬灯のように幼い日々から現在迄の思い出が駆け巡るというが、他者の死でも肉親の死は特別である。しかしこのことを述べだすと個人的なことにもなるし、本論からはずれるので、今は別の架空の出来事を想定してみよう。
 横領を行い犯罪が成功したと思って、海外に高飛びしようと喜び勇んでいた犯人が自分が犯人であることが判明し、警察が自分を容疑者として追っていることを何気なく中華料理屋でラーメンを食べてから空港に向かおうとしていた時にそこで流れるテレビの放送で知ったとしよう。それまでは外国に行った時の未来の出来事に期待と夢を膨らませいろいろ思い描いていたのに、一気に「自分の顔を公共に知られてしまった。ここの店主に悟られない内にこの店を出なければ。さっきそのことが放送された時店主は自分の顔をテレビで見てはいなかったみたいだ。他の客が少ないうちに退散しよう。」それまでの店内の様子や、昨日のオフィスから退出する際の自分の気持ちや、この犯行を思い立った時の気持ちや手を染めた時の気持ちなどが一気に思い起こされる。今の今迄全然思い起こしもしなったのに。早く空港にまで手が回らない内にタクシーに乗ろう。その前にタクシーの運転手に自分の顔を悟られないように普段掛けていない目がね(何かの時に用意していた、サングラスだとかえって目立つので、普通の、しかもかけると自分の表情が変わって見えるやつを用意していた。)をかけて手をあげよう。
 こういった急激な状況の変化に応じた内的対外的変化に応じた記憶の蘇りは、大脳自体がある対状況的変化に示される体内の血流や鼓動の変化に対して、極力気を落ち着かせようと躍起になるために放出されるホルモンや体内の抑制系システムに連動してさっきまで記憶の片隅に押し遣っていた事項を急激に浮上させるのだ。それは知覚判断が統一的に外的状況を受容し、その状況的意味を理解し、そのことに対する対策を一瞬にして講じるために生じる記憶収納に関する一挙に執り行なわれる棚卸作業である。免疫系の急激な抗体反応が脳内の神経回路を急激に信号間の連絡を行き届けようとするものだから、体温も必然的に上昇する。するとその上昇に従って急激な作用を抑制しようと身体が不随意的な判断で血液中のトロンビンが怪我をして血が溢れているわけでもないのに、そういう際の処置のために用意されているわけだから、これを急場しのぎで血流が急上昇しているところに補給するのだ。しかしそれはあくまで凝固のためのものだから、そう無闇矢鱈とは放出させはしない。ベータ波は急激に日頃の平均値を遙かに上回り逆にアルファー波を放出させようと脳波はバランスを取るように心掛け始めるものだから、体温は上昇し、今度はそれを抑制するために急激に下がりだす。(まるで氷河期から温帯期への地球の変化のようだ。)こういった生理学上の急激な変化に対して大脳自体は敏感に察知し、記憶を再整理させるべく活性化される、というわけである。しかしもう一つ重要なのは、言語を発するように仕向ける遺伝子(FOXP2遺伝子は文法とかを司ると言われている。)や表情を作る為に各感情毎に表情筋を有効に使用させる遺伝子はこういった記憶の内容を浮上させる仕組みそのものともまた別個であるにちがいない、ということである。
 ただ先に何度か例証したあの二つの文章において抽象的言辞の名詞が連続するものに文章的な記憶は残らず、動詞と名詞をほどよく配合したものほど記憶に残りやすいとしたらこれらは、名詞と動詞がどこかで脳内に対する刺激という意味では全く異なった作用をア・プリオリに保有しだからこそその交互に配置されたものほど脳を刺激するのだということは、先ほどの横領犯人が海外での生活を夢見心地でいる時の心境と、犯人として追われる身となったことを悟った際の急激な心境の変化が、それまで忘れていた幾多の事項を思い出させるのに一役買った事実とからも明白なのではないか、ということである。
 暫く言語とその記憶について考えてみよう。我々は有名な短歌、和歌、俳句を暗記している。よい詩的言語はすべて覚えやすい。「夏草や兵どもが夢の跡」(松尾芭蕉)「春の日はひねもすのたりのたりかな」(与謝蕪村)「東海の磯の小島の白砂に我泣き濡れて蟹とたわむる」(石川啄木)といった名句、名歌はなかなか忘れられるものではない。そういった名歌、名句にはどこかそういう記憶に残りやすい何かが潜んでいるに違いない。我々は九九を幼い頃に習う。微分や積分を理解出来なかった人でも九九ならそう容易に忘れられない。きっとあの語調がどこか覚えやすい、歌でも口ずさみ易さ(キャッチー)があるものなら、詞もメロディーも同様に覚えやすい。 歌が容易に覚えられない向きでさえ、どんな文章でも即座に言うことが出来る。言語構造とは実に明瞭な慣用、しかもその時々で全く個別的、唯一的な伝達内容と意味内容、そして文章内容を即座に誰でもが発することが可能である。そういった一つ一つの文章は一つの言語構造、文法の応用例である。我々は生涯を通して無限の応用例を産出し続け、またそれなしには生を営むことが出来ない生き物なのである。言語を一つの本能として位置づけたのはチョムスキーである、とマット・リドレーは述べている(「ゲノムをめぐる23の物語」<本能>より)が、本論ではそれはカントであった、と考えている。この後で本論ではいよいよ言語記憶の問題に突入するが、私の父であっ異色の言語論者西村佳寿夫を機軸に、カント、ヘーゲル、ソシュール、フッサール、リッケルト、ピアジェ、西田幾多郎、ラッセル、ウィトゲンシュタイン、カルナップ、ヤコブソン、オースティン、クリプキ等の理論を手掛かりに言語学習と記憶、短期記憶と長期記憶の問題に次章から入って行こうと思う。
 その際随時心理学者フェヒナー、ジェームズ、パブロフ、ピンカー等に御登場願おうと思う。