Saturday, October 3, 2009

A言語のメカニズム 2、文学者、哲学者、言語

 今度は暫く全く異なった角度から考察してみよう。文学者が語彙を選ぶ時どのような意識が働いているのだろうか?語彙選択に非常な神経を使うというと、哲学者が思い浮かぶが、彼らと文学者はどう違うのだろうか?
 今ここに文学評論があるとする。その著者によって選別された自らの批評言語的戯れに必要とされる文学素材はおしなべて文学作品ではあるものの、極めてその著者にとって国語的分析素材であろう。文学者当人にとって何らかの彼独自の文学世界に要求される素材としての語彙選択は、ある時は用意周到であったり、ある時は語彙や言い回し、文体等が向こうの方から作者に押し寄せ、半ば無意識に彼にそういう語彙、言い回し、文体を選ばしめていたりしているのであろう。しかしメタ・ランガージュの操り手たる批評家にとっての選別された批評対象であるところの文学作品の語彙、言い回し、文体、そのすべては一律的に批評、考察、分析対象であり、その作者にとって意識的であるかとか、そうではないとかの差を不毛のものとするような平板な等価性によって批評家には認識されている。この批評家にとって彼が批評素材として選んだ一連の文学作品たちは、その作者の思惑からはずれて、批評家のエゴ、つまり批評言語的独自のアルゴリズムによって随意に料理されるための素材でしかなく、一種の誘拐状態である。批評的サディズムによってこれらの作品群はそれ本来のシニフィエ的目的性からは著しく離れて完璧なシニフィアン化された装置として冷厳に認識されている。しかし作品世界における意味の多義性とはまさにこの種の批評的サディズムから醸成されてゆく運命でもあり、文学が文学であるための一つの目的はそれがいかように解釈されても作者や出版当事者の思惑とは何ら関係がなくてもよい、ということである。メタ・ランガージュというものがあるとしよう。するとこの言語は何らかの言語に対する解釈となり、それは本来の意味(であるべき、と誰しもが思う)からの離脱、開放であり、本来の意味への懐疑的視点の獲得である。この時、元の作品世界の文学言語は一国語的世界、つまり完全なる例証された国語の「モデル」、ある注意深く別の目的のために選別された、国語例の「プロトタイプ」となっている。それは文学批評家のことではないか、と思われる向きには、全く文学者もそれと同様のことを国語(言語共同体全成員の同意による言語行為における唯一の選択肢であるところの)に対して、自己文学世界構築のための素材であり、エゴ表出の為の方策として、自己独自のメタ・ランガージュを構築しているのである。
 さて今度は哲学者であるが、彼にとって批評家によって選別された批評素材としての国語例であるところの「文学世界」は、批評家によって選別されていながら、限りなく批評家の選択眼に対する懐疑をも含んだ分析目的に満ちた代物であり、かつ国語例として選別されたことで、かつての「作品世界」での命脈を一時的に剥奪された部分に対する意図的な引用のように、自身の作品が他者からの仕打ちを受けてなるものか、批評家如きの批評素材に自己哲学の語彙引用などはさせまいぞ、という意識も生じさせる。すると我々は哲学者の語彙選択に、そういった全体性に埋没させながら、部分的引用を許さないトータルな言辞意図に、強烈なエゴを読み取ることが出来る。つまり最も日常的語彙を多用する哲学者は内心、その彼によって選択された日常的語彙が、そう容易く誰からも使用されてなるものか、という屈折した(それでいて誰からも自分の語彙選択の周到さを認めてもらいたい、という意識に根差した)心理を抱えているのである。
 するとここで一つの結論が導き出される。まず小説世界の言語はその段階では広く万民に読まれることを目的としており、誰もが自由に開くことが出来るように閉じられている。しかし一度ある批評家によって批評素材として選別され、カテゴライズされた時に、完全に単なる国語例となり、やがてそれを目にした哲学者の批評家に対する懐疑を産出する対象となり、批評家によって小説家のエゴがずたずたにされていながら、批評家自身のエゴも哲学者の懐疑によってずたずたにされ、その哲学者の言語もまた何時の日か別のエクリヴァンの手によってずたずたにされる。言わば順繰りの隷属的運命を背負っているところの言語世界たちは、そういう断続的なエクリチュールのコミュニケーションのための概念化された普遍言語化への道を余儀なくされる。そこではコミュニケーションにおける態度さえもが、言語世界に隷属されたシニフィエが「閉じられた世界の構成要素」として伝達されるべく、シニフィアンとしての機能秩序さえもが「シニフィエ」として問われる国語例としての運命を担った産物と化すのである。

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