Thursday, October 15, 2009

D言語、行為、選択/8、事実と権利(可能性)あるいは理想

 「かくある」と「かくあらねばならぬ」は西田にとって別個の次元の命題であった。しかし同時に西田は善を語るのに、それが実在との一致という観点からも捉えている。(「善の研究」の中の<善>181ページより)すると西田にとって「かくある」という表現は実在とは異なり、実在に対する我々の認識となり、「かくあらねばならぬ」とは善に対して我々が抱く想念ということとなる。我々自身が捉えるという実存的視点の獲得が実在や善の生な存在とは別個の次元を産出する。フッサールもまた事物としての存在と体験としての存在を分けて考えている。前者を事物世界、後者を体験世界とすると、フッサールがあくまで自己のテーマとしてこだわったのは後者であり、それが引いては現象世界となるのである。すると我々が事物やら、他者とかかわり生を生きるとは倫理的には「かくあらねばならぬ」世界であり、現実的には体験世界である。体験世界が身体生理学的であるのに対し、カントの可能条件的世界が仮想的、ヌーメナル(大脳指示的)であることは言うまでもない。カントのこの性質を斎藤慶典は実に的確に次のように表現している。

「(前略)フッサールの場合の遡及は現に成り立っている経験から出発してそれを支えているものへと溯るに対して(つまり議論は徹頭徹尾「事実問題」であるのに対して)、カントの場合、話はあくまで「権利問題」として進んでゆくのである。つまり、もしア・プリオリな綜合判断として経験が成り立つべきであるとすれば、かくかくしかじかの条件が充たされるのでなければならない、というかたちで議論が進行するのである。(後略)」(「フッサール起源への哲学」141ページより)

つまりカントは神の存在や霊魂の不死、自由を唱えながら、結局のところ、人間の大半がそれを自覚し得ない、純粋理性を発現させることなく終わる、という痛烈なるアイロニーをもってある仮想的倫理世界を構築したのである。だからカントが神を語る時、信仰心(勿論敬虔なる家庭環境にあったのだからそういう要素が皆無とは言えぬまでも)厚くそう語るというよりも、宗教的モラルからすれば極めて背信的人間の多い実像を揶揄しながら批判哲学を進行させるのである。それがキリスト教文化圏の住人ではない西田が、アイロニーがあったとしてもそれは西欧哲学史解釈や日本文化分析やそういった自己の立たされている文化的、歴史的状況とモラル(戦争その他で極端なモラル・ハザードをきたす人類、国民の姿の前で佇む一個の自己<それはサルトルにもあてはまる。>)の肖像としてテクスト創造へ向かうという孤高な姿であるのとは個人的資質も歴史的状況も異なっている。フッサールは第二次世界大戦の足音を感じ取りながら他界しているので、西田と共通した倫理観は当然持っていたけれど、カントと同じ文化圏にいたので、西田のような客観的西欧哲学認識とは違い、自身の哲学で西欧哲学史を実践してゆく、という立場からの発言である。フッサールの体験世界は明らかに戦争の足音を敏感に察知する実存論的(のちにサルトルやレヴィナスが開花させるような)ニュアンスも当然持っている。そしてカントほど、あるいは仏教的世界観を持つ西田のような宗教倫理的発言は見られない。そこに寧ろ「語りえぬものには沈黙せねばならない」というウィトゲンシュタインの言葉を髣髴させるフッサールの苦悩が読み取れる。フッサールは明らかに純粋な真理探究の道に倫理的マニフェストを封じ込める選択をしたのだ。(本論「フッサールの言語論」を参照のこと。)
 テクスト創造という行為は明らかに声高に叫ぶ街頭でのアジ演説とは別次元の行為である。行為の結晶化作用でもある。封じ込め作用でもある。それは行為の現在性が社会機能の実践としてのパロールからは一歩距離を置いた行為である。書いた時点では誰もそれを読むことは出来ないという時間的間隙の事情もある種特殊化させる。書く時点では容易になされる決断も、あるいは躊躇や逡巡に充たされた苦渋の決断の両方ともあったであろう。しかし字面では同じ活字によって並べられた印刷テクストは我々に完成された姿だけを提供してくれる。しかし我々はその中から出来得る限りで、その苦悩や懊悩、あるいは偽装せざるを得ない責務やアイロニー、世間的常識に対する謀反的意図、その他多くの感情を読み取る必要はあるだろう。そういうテクストの全体がまた一つの彼らの行為に対するその時々の選択であり、テクスト言語はだから意識、無意識にかかわらずその著者の真意が、生な形であったり、あるいは逆にダンディズムに彩られた適度の偽装的表現において結実されたよい見本なのである。つまりこう言えよう。テクストは人間固有の行為の選択がもたらした言語装置である、と。蟻にとっての蟻塚や蜂にとっての六角形の巣の穴のように、我々の意識と無意識が封じ込められた一個の文化コードとしての、恐らく人類以外の高等生命が人類と邂逅したら向こうは人類がその時生きながらえていても、絶滅していてもどういうものか不思議に思う対象かも知れない。
 「かくある」が「かくあらねばならない」を導きだすことができないことを、西田は「かくある」が「かくあらねばならない」によって導きだされていることから認識していたのである。アザラシが日に数時間、餌取り以外の時間に子供と浅い海の潜り、子の成長を見守ることは、アザラシにとっての「かくあらねばならぬ」行動であり、その行動を我々は「かくある」と捉えているだけなのであり、我々もまた「かくあらねばならない」を規範に行動する一個の動物であり、その「かくあらねばならない」には「かくあってはならない」という命題が密接にかかわっている。誰しもいつもいつも積極的な判断だけで動いているわけではない。消極的判断の積み重ねが寧ろ積極的判断よりもよく作用することも多いということを知っている。最大の利益をむさぼるよりも、最低限のリスクを常に回避してゆき、徐々に利益を集積してゆくこともまた極めて重要である。兎に角どんなに不調であっても最低の数値だけはなんとか回避する、という知恵こそが生存戦略上の重要な「かくあらねばならない」であり、それは「かくあってはいけない」だけは最低限守ることによって少しでも利益へと近づいてゆく、ということでもある。

No comments:

Post a Comment